脳腫瘍
Brain tumor

脳腫瘍について

脳腫瘍とは頭蓋骨の内側にできた腫瘍です。脳内の組織から発生した腫瘍を原発性脳腫瘍といい、癌などほかの臓器から転移してきたものを転移性脳腫瘍と言います。原発性脳腫瘍の発生頻度は年間10万人に16.5人発生するといわれています。
原発性脳腫瘍では代表的なものとして(1) 神経膠腫(グリオーマ)(2)髄膜腫(3) 下垂体腺腫(4) 神経鞘腫(5) 転移性脳腫瘍などが挙げられます。
当院ではこれらの脳腫瘍の手術を年間約130例行っております。

(1)神経膠腫(グリオーマ)


図1:神経膠腫(MRI)

脳腫瘍とは、頭蓋骨の内側に発生する新生物のことであり、脳自体から発生するものや下垂体や硬膜などの脳以外の組織から発生するものを原発性脳腫瘍と呼び、頭蓋外の臓器にできたものが飛んできたものを転移性脳腫瘍と呼びます。
脳腫瘍は種類が非常に多く、100種類以上あります。原発性脳腫瘍の約1/4が脳内から発生する神経膠腫と呼ばれるものです。脳には神経細胞と神経線維以外に、それらを支持する神経膠細胞が存在しており、神経膠腫は神経膠細胞由来の腫瘍です。1種類の腫瘍でなくいくつかの種類のものを総称して神経膠腫と呼んでおり、悪性度に応じてグレード1(良性)からグレード4(悪性)に分類されます。

腫瘍の分類は時代とともに変遷し、現在では腫瘍の正確な診断には形態的な所見だけでなく腫瘍の遺伝子の情報も必要なことが多くなりました。当大学病理診断科、慶應義塾大学脳神経外科などと協力して腫瘍の正確な診断を行い、また治療効果の予測となるような因子を調べております。

治療法として、手術療法、放射線療法、化学療法などがあります。
手術療法:病変を摘出して正確な診断をつけることや摘出により腫瘍の体積を減らすといった目的があります。神経膠腫においては、手術による腫瘍の摘出度と予後との関係が報告されています。重篤な後遺症を残さない程度に可能な限り摘出することを目標とします。腫瘍の存在部位によっては、重い障害を残す可能性が非常に高く十分な摘出が期待できないこともあります。その際には、少しだけ腫瘍をとり診断をつけるという生検術という方法を選択することもあります。
手術の際には様々な手法をあわせることで、安全にかつできるだけ摘出量を増やす努力をしています。例えば、手術前のCTやMRIの画像と手術中の位置を照らし合わせるナビゲーションシステムを手術の補助に用いたり、脳腫瘍を光らせる薬剤(5-アミノレブリン酸)を用いたりすることで、腫瘍の存在部位を確認したり、腫瘍の残存の判断を行ったりします。機能の損傷を避けるために、摘出する際に患者さんを麻酔から醒まして、刺激に対する反応をみながら摘出部位を決定する覚醒下手術を行ったり、運動誘発電位、感覚誘発電位などを用いて運動や感覚の線維をモニターしたりします。
このような手段を用いて可能な限り摘出するのですが、脳にしみこむように成長する腫瘍であるため画像上確認できる範囲よりも広がっていることが多く、手術で完全に摘出することは非常に困難です。そのため手術後に放射線療法や化学療法を行うことが多いです。
放射線療法:病理診断の結果、放射線治療が必要になった場合には、放射線腫瘍科と相談して腫瘍の悪性度に応じて照射線量を決め治療を行います。
化学療法:化学療法としては、腫瘍の種類に応じた薬剤を使用します。例えば、カルムスチンという薬剤がしみ込んだシートを手術の際に腫瘍の摘出腔に留置し、カルムスチンをゆっくり放出させます。最もよく用いられる薬剤はテモゾロミドであり、放射線と一緒に用いたり、外来で継続使用したりします。腫瘍が成長するために放出する血管内皮細胞増殖因子を阻害することで、腫瘍の血管形成をおさえ成長をおさえる目的でベバシズマブを用います。腫瘍の型によっては、プロカルバジン、ニムスチン、ビンクリスチンといった3種類の薬剤を組み合わせた治療法を行うこともあります。また、小児の神経膠腫に関しては小児科と協力しながら治療を行っています。
他の治療法:腫瘍によっては、頭にシートを貼り交流電場を流すという治療(交流電場療法)も行えます。最近、ウイルス療法の保険適用が認められ今後使用が予定されています。
 当院は、日本臨床腫瘍研究グループや日本小児がん研究グループという組織に属しており、多施設共同臨床研究として新規の治療法を行うこともあります。ただしこれは全ての方が当てはまるわけではありません。また、他の臨床試験や治験にも積極的に参加しております。更には、がん遺伝子パネル検査が当院でも施行可能となっており、頻度は多くないものの遺伝子異常に基づいた治療が期待されます。

(2)髄膜腫

髄膜腫は原発性脳腫瘍の26.3%を占める最も頻度の高い腫瘍です。脳表を被っている髄膜から発生し、脳動静脈・脳神経を巻き込みながら脳実質外に増大します。脳圧迫に伴う症状(てんかん、麻痺等)や脳神経症状を認めて発見される場合と、脳ドックなど無症状にて発見される場合があります。
治療方針としては、①経過観察、②放射線加療、③手術加療があります。小さなサイズで無症状のものは経過観察となる事が多く、症状を認めるものは原則治療の適応となります。しかし無症状で小さいサイズであっても脳神経や脳・脳幹との位置関係から治療適応となる場合もありますし、また無症状であっても3㎝以上サイズものは、その後の経過で症状を呈する事が考えられる為、治療が考慮されます。このように経過観察か、治療適応かの判断は難しい場合もありますので、一度当院へご相談ください。
治療は手術による摘出が第一選択となりますが、全身状態や腫瘍の存在部位によって放射線加療が選択されることもあります。
髄膜腫の手術の目的には以下のようなものがあります。

  • ① 組織診断をつける。(大部分は良性型(グレード1)ですが、グレード2(中間異型度)や3(高異型度)の腫瘍も存在し、グレードが上がるにつれて再発率が高くなります)
  • ② 腫瘍を減らし、脳・脳幹・脳神経の圧迫を軽減し、症状を改善させる。
  • ③ 再発率を下げる為にその発生硬膜も処理する。

②③を達成するためには、発生硬膜も含めた全摘出が望ましいですが、脳神経や脳動静脈の巻き込まれ方によっては困難な場合があり、その場合には症状悪化をきたさない安全な範囲で最大摘出を行う事になります。
当院では難易度の高い頭蓋底髄膜腫に対し、顕微鏡や内視鏡を用いた頭蓋底手術手技、腫瘍血管塞栓術などを用い、積極的に摘出を行っています。また手術に伴う直接的な合併症である脳・脳神経・脳動脈損傷を避けることは当然ですが、一般的にはあまり評価されていない、脳静脈損傷に伴う静脈性合併症を避けるために、MRI特殊画像、脳血管撮影、CTを用いた血管評価等を組み合わせて、術前評価を行っています。また頭蓋外に伸展した腫瘍に対しては、形成外科、耳鼻科などと合同で多方向からの手術アプローチを行っています。
また手術だけではなく、残存した腫瘍に対してはガンマナイフ治療(注1)を照射し腫瘍再増大を抑制することもあります。


図2:髄膜腫(MRI)

(3)下垂体腺腫

概要

下垂体腺腫とは、様々なホルモンを分泌し、人間の体をコントロールしている下垂体にできる腫瘍で、良性腫瘍の一つです。
年間1万人に1人発生する脳腫瘍の中で3番目に多く、脳腫瘍全体の20%弱を占めます。

下垂体腺腫は、腫瘍細胞がホルモンを作り出す場合と作り出さない場合の2つに大きく分けられます。

ホルモンを作り出す腫瘍(ホルモン産生腫瘍、機能性下垂体腺腫)には、成長ホルモン産生腺腫(先端巨人症)、プロラクチン産生腺腫、副腎皮質刺激ホルモン産生腺腫(クッシング病)、甲状腺刺激ホルモン産生腺腫などがあります。

また、ホルモンを産生しないものは、ホルモン非産生性腫瘍や非機能性腺腫といいます。
下垂体腺腫の患者のうち、ホルモン非産生性腫瘍が約40%と最も多く、プロラクチン産生腺腫が約30%、成長ホルモン産生腺腫が約20%です。

症状

症状は、ホルモン産生腫瘍あるいはホルモン非産生腫瘍によって、異なります。

ホルモン産生腫瘍(機能性下垂体腺腫)では、過剰に分泌されるホルモンの種類により症状が異なります。

プロラクチン産生腺腫は、指定難病です。詳しくは、ご相談ください。
女性は月経不順や乳汁分泌であり、腫瘍が小さい内に発見されることが多く、男性は、性機能障害で比較的大きくなってから発見されるのが特徴です。女性は、産婦人科を受診し、発見されることが多く、不妊症の原因の1つです。
内服薬により腫瘍縮小やホルモン値の低下が見られることが多く、腫瘍の大きさや薬の副作用など特別な場合を除き内服薬での治療が優先されます。しかし、薬が効きにくかったり、副作用がある場合などは手術を行います。

成長ホルモン産生腺腫(先端巨大症)は、指定難病です。詳しくは、ご相談ください。
成長ホルモンの過剰分泌により、骨端線の閉じる前の思春期では巨人症となり、成人では、顔貌(額や下顎など)の変形、かみ合わせが悪くなった、歯並びが悪い、舌がからまる、睡眠時無呼吸症候群(21%)、手足の変形による靴が入らなくなった、などが見られます。
高血圧(43%)や糖尿病(37%)を合併し、大腸癌(3%)や心血管障害(2.5%)の合併率も高く、放置すると寿命が約10年短くなるとも言われています。積極的な治療が必要です。注射の治療もありますが、注射単独で治療することは難しく、手術を優先して治療します。

副腎皮質刺激ホルモン産生腺腫は、指定難病です。詳しくは、ご相談ください。
肥満、高血圧、多毛、心不全などの徴候を呈します。

甲状腺刺激ホルモン産生腫瘍は、指定難病です。詳しくは、ご相談ください。
甲状腺が刺激され、甲状腺ホルモンが増加することで、甲状腺機能亢進症状が見られます。動機、発汗過多、体重減少、イライラ、手の震えなどです。

ホルモン非産生性腺腫(非機能性下垂体腺腫)では、特定のホルモンを分泌しないため、腫瘍が大きくなるまで症状が現れにくく、気づかれることが少ないという特徴があります。全て手術するわけではなく、小さな状態で発見された場合には、手術をせず様子をみることが一般的です。腫瘍が大きくなると、視神経を強く圧排し、視力や視野障害(視野の外側が見えにくくなったり、視力が低下することもあります)をきたします。年間0.5%程度に腫瘍の内部に出血が起こり、突然の頭痛、視力や視野障害などが生じることもあります。
また、ホルモンの減少が原因で、下垂体機能低下症となり、女性の場合は月経不順、無月経など、男性の場合は性欲低下や勃起不全などの症状が現れます。また三叉神経の刺激に伴う目の奥の痛みや、眼球を動かす神経の機能が落ちることで物が二重に見える(複視といいます)こともあります。

ホルモン分泌の有無にかかわらず、腫瘍が大きな場合には正常下垂体の機能不全を呈することもあります。
手術の目的は腫瘍による周囲組織の圧迫を解除することと、ホルモン分泌型の場合はホルモン値を正常に近づけることにあります。

手術を行う場合は、多くの場合は鼻の穴から内視鏡を用いる経鼻手術となります。
手術ナビゲーション、高解像度モニターシステム(4K)、超音波ドップラー、眼球運動モニター、視神経モニター、超音波破砕装置などを使用し、安全で確実な手術を行うよう努めております。

当院で行った手術例

術前(両耳側半盲 黒い部分が見えにくい、視野欠損の部位になります)

術後 症状が回復していることがわかります。

(4)神経鞘腫

神経鞘腫は脳幹から出た、脳神経から発生する良性脳腫瘍で、原発性脳腫瘍の10.4%を占め、聴神経鞘腫が最も多く、次に三叉神経鞘腫と続きますが、12本ある脳神経のいずれからも発生する可能性があります。
聴神経鞘腫は前庭神経から発生し、緩徐進行性の患側聴力障害で見つかる事が多く、三叉神経鞘腫は三叉神経領域(患側顔面、口腔内)の痛みや鈍麻症状にて見つかる事が多いです。
神経鞘腫の治療方針は①経過観察、②放射線治療、③手術治療があり、サイズ・症状・年齢等によって総合的に判断します。一般的には小さく無症状であれば経過観察が選択されますが、脳幹圧迫があるようにサイズが大きいものは手術加療が選択されます。また小さく無症状で経過観察中に増大傾向にあるものは放射線治療(ガンマナイフ治療(注1)等)が選択されますが、同様の条件でも若い方では手術加療が良い場合もあります。このように治療適応の判断は難しい為、当院へご相談ください。

手術治療では脳神経機能を温存するために、以下の脳神経モニタリングを使い分け、頭蓋底手術手技を用いて腫瘍摘出を行っています。
複視(物が二重に見える)予防:外眼筋モニタリング
顔面神経麻痺予防:顔面筋電図(随時刺激、持続刺激)
聴力温存:聴性脳幹反応、蝸牛神経誘発筋電図
嚥下障害予防:電極付き挿管チューブによる反回神経モニタリング

当科では神経鞘腫は良性脳腫瘍であるため出来る限りの腫瘍摘出を目標としておりますが、脳神経モニタリングを行い脳神経機能温存第一とした手術を心がけています

(5)転移性脳腫瘍

近年転移性脳腫瘍の頻度は増加傾向にあります。体の他の部位に原発巣がありいくつかの臓器に転移していることが多いです。
治療は患者さまの症状の緩和を第一の目標とします。
転移性脳腫瘍の原発巣としてもっとも多いのは肺がんで約半数を占めています。第2位は乳がんで第3位は消化器系のがん(大腸がん、胃がんなど)です。
近年では低侵襲な治療であるガンマナイフ治療(定位放射線手術)(注1)が多く行われ、かなりの率で病状をコントロールできるようになりました。
一般的に3cm以内で多発病巣ではガンマナイフ(注1)を第一選択としておりますが、当科では3cm以上で単発病巣や、小脳転移病巣(生命中枢である脳幹を圧迫するケース)は積極的に摘出を行い良好な成績を得ています。


図5・6・7:転移性脳腫瘍(肺がん)

注1:当院にガンマナイフ治療の施設はありませんので、ガンマナイフ治療の行える近隣の病院へご紹介しています。