プレスリリース

腸内細菌叢を利用した肝細胞がんのモニタリングと 免疫療法反応予測につながる技術を発見

~肝細胞がんにおける腸内細菌を標的とした新たな治療法の開発が期待されます~ 

藤田医科大学(愛知県豊明市)消化器内科学講座、医科プレ・プロバイオティクス学講座(廣岡芳樹教授)らの研究グループは、腸内細菌を指標とした肝細胞がん※1治療時のモニタリングと、免疫療法の一つである免疫チェックポイント阻害剤※2(抗がん剤)における反応性の予測につながる技術を解明しました。この発見は、肝細胞がん治療の改善率向上ならびにプレシジョン化に向けた新たな道を開く可能性があります。
本研究成果は2024年9月6日、微生物学分野の国際科学ジャーナル「Journal of Medical Microbiology」 (オンライン版)に公開されました。

研究成果のポイント

  • 免疫療法の一つである免疫チェックポイント阻害剤(抗がん剤)アテゾリズマブ/ベバシズマブの併用で治療を受けた肝細胞がん患者の群と、健康な対照者の群を比較したところ、肝細胞がん患者の腸内細菌叢※3では、乳酸菌の一種Lactobacillus fermentumや虫歯菌と同じ仲間のStreptococcus anginosusが増加していることが確認された
  • 免疫療法の反応性に関しては、腸内で多く存在するBacteroides属細菌の種類が関与しており、非反応群ではBacteroides stercoris、反応群ではBacteroides coprocoraの増加がそれぞれ観察された
  • qPCR解析により、肝細胞がん患者ではStreptococcus anginosusのレベルが高く、5α-還元酵素※4遺伝子のレベルが低下していることが明らかになった
  • 腸内細菌叢解析とqPCRによる遺伝子定量が、肝細胞がんのモニタリングおよび免疫療法反応予測に有望なツールであることが示唆された
  • 将来的には、プレバイオティクス※5を用いた新たな肝細胞がん治療法の確立につながる可能性が期待される


背景

世界的に患者数が増加している肝細胞がんは、致死率の高いがんの一つです。進行が速く、早期の発見や適切な治療が難しいため、予後は依然として不良です。免疫療法は肝細胞がんの治療において重要な役割を果たしており、アテゾリズマブとベバシズマブ(Atz/Bev)の併用療法は有望な治療選択肢として注目されています。しかし、治療効果には個人差があり、どの患者が免疫療法に良好に反応するのかを事前に予測することが難しいという課題があります。近年の研究では、腸内細菌叢が宿主の免疫応答やがんの進行に深く関与していることが明らかになり、特定の腸内細菌ががん患者の治療効果に影響を与える可能性が示唆されています。

研究方法

本研究では、肝細胞がん患者の腸内細菌叢と免疫療法の反応との関係を解明することを目的に、アテゾリズマブとベバシズマブで治療を受けた22名の肝細胞がん患者と85名の健康な対照者から便サンプルを収集し、16S rRNA次世代シーケンスと定量PCR(qPCR)を用いて腸内細菌叢を解析しました。
その結果、肝細胞がん患者の腸内細菌叢には乳酸菌Lactobacillusや虫歯菌と同じ仲間のStreptococcus属、特にLactobacillus fermentumStreptococcus anginosusが有意に多いことが明らかになりました。免疫療法の反応性に関しては、腸内で多く存在するBacteroides属細菌の種類が関与しており、非反応群(NR)でBacteroides stercorisが、反応群(R)ではBacteroides coprocoraが多く認められました。さらに、qPCR解析により、肝細胞がん患者ではStreptococcus anginosusのレベルが高く、健康効果が高いとされる胆汁酸であるイソアロリトコール酸の合成に必要な5α-還元酵素遺伝子の発現が低下していることが判明しました。免疫療法に反応した患者では、非反応群に比べてBacteroides stercorisの量が有意に少ないことがqPCR解析でも確認されました。
これらの結果から、腸内細菌叢の変化が肝細胞がんの進行や治療効果に関連していることが示され、特定の細菌や遺伝子が肝細胞がんの免疫療法の反応予測に役立つ可能性が示唆されました。

今後の展開

腸内細菌叢の変化を活用し、腸内細菌を標的とした新たな治療法の開発が期待されます。特定の菌種や遺伝子の増減をqPCRなどで迅速に評価することで、肝細胞がんの進行状況や免疫療法の効果を予測することが可能になると考えられます。また、腸内環境を改善するプレバイオティクスの導入も有望です。プレバイオティクスは有益な腸内細菌の成長を促進し、腸内フローラのバランスを回復させる効果があり、これによって肝細胞がん患者の腸内細菌叢の健全化や免疫応答の改善が期待できます。例えば、5α-還元酵素遺伝子を持つBacteroides属の菌を増やすことが、免疫療法の効果を高める可能性があります。
将来的には、腸内細菌叢の詳細な解析やqPCRを用いた特定遺伝子の定量が、肝細胞がんのリスク評価や病状モニタリング、さらには免疫療法の効果を予測するための非侵襲的で費用対効果の高い手法として広く利用されることが考えられます。加えてプレバイオティクスを組み合わせることにより、個別化医療の実現や治療効果の最適化、肝細胞がん患者の予後改善につながる新しい治療戦略の開発が期待されます。

用語解説

※1 肝細胞がん
肝細胞がんは肝臓に発生する主要ながんで、慢性肝炎や肝硬変に関連することが多くあります。早期に発見されにくく、進行すると治療が難しくなるため、免疫療法が研究されています。

※2 免疫チェックポイント阻害剤
免疫システムががん細胞を攻撃するのを防ぐ「ブレーキ」の役割をするタンパク質(免疫チェックポイント)を阻害する薬剤です。これにより、免疫細胞(特にT細胞)が活性化し、がん細胞を攻撃できるようにします。例としてアテゾリズマブはPD-L1というタンパク質を標的にして免疫応答を促進します。尚、ベバシズマブは、がんの血管新生を抑えることでがん細胞の成長を防ぎます。

※3 腸内細菌叢
腸内細菌叢とは、ヒトの腸内に存在する数百兆の微生物(細菌)の集まりです。これらの細菌は、消化や免疫調節、栄養吸収など、さまざまな生理的プロセスに重要な役割を果たしています。腸内細菌叢のバランスの崩れは、がんや糖尿病、肥満など多くの病気に関与するとされています。

※4 5α-還元酵素
胆汁酸は、消化を助けるだけでなく、腸内での微生物とのやり取りや体の代謝にも深く関わっている物質です。胆汁酸の一種であるイソアロリトコール酸は、腸内細菌の5α-還元酵素によって作られ、最近の研究では長寿の人々の体内に多く存在することがわかってきました。このことから、イソアロリトコール酸が健康に良い影響を与える可能性が考えられています。つまり、5α-還元酵素遺伝子が多く存在することでイソアロリトコール酸が多く生成され、それが長寿や健康をサポートするかもしれないということが示唆されています。

※5 プレバイオティクス
体に存在する良い効果を発揮する菌を選択的に増やす食品成分。オリゴ糖・食物繊維など。

文献情報

論文タイトル

Altered intestinal Streptococcus anginosus and 5α-reductase gene levels in patients with hepatocellular carcinoma and elevated Bacteroides stercoris in atezolizumab/bevacizumab non-responders

著者

藤井匡1-3、葛谷貞二1、近藤修啓3、舩坂好平1、大野栄三郎1、廣岡芳樹1-3and栃尾巧1-3
所属
1 藤田医科大学 医学部 消化器内科学
2 藤田医科大学 医学部 医科プレ・プロバイオティクス講座
3 ウェルネオシュガー株式会社

掲載誌

Journal of Medical Microbiology

掲載日

2024年9月6日(オンライン版)公開

DOI

10.1099/jmm.0.001878