脊髄損傷組織における肝細胞増殖因子(HGF)の遺伝子発現制御による 神経再生の仕組みをデータサイエンスで解明
岡野雄士[藤田医科大学客員研究員/慶應義塾大学医学部6年]、加瀬義高[藤田医科大学講師/慶應義塾大学医学部特任講師]、岡野栄之[藤田医科大学客員教授/慶應義塾大学医学部教授]らの研究グループは、肝細胞増殖因子(HGF)(注1)が脊髄損傷組織の遺伝子発現制御を経時的に変遷させながら神経再生に有利な環境を作り上げることを解明しました。
これまでに当研究グループは慶應義塾大学医学部整形外科学教室と共同で、脊髄損傷ラットにおいてヒトiPS細胞(注2)由来の神経幹細胞(注3)を脊髄損傷組織に移植する前にHGFを損傷組織に投与しておくことで神経幹細胞移植による再生治療効果を飛躍的に上昇させることに成功していました。
しかしながら、HGF投与後の再生効果はどのような遺伝子制御によるものなのか、またHGF投与後に、いつ神経幹細胞を移植するのが最善なのか(HGF投与して直ぐなのか数日後なのか)はよくわかっていませんでした。
本研究の結果、HGFの効果には3つの構成要素、「初期効果」「連続効果」「遅延効果」があることがわかり、HGF投与と神経幹細胞移植という併用療法のメカニズムのエビデンスが得られたことにより、今後の再生治療の臨床応用に向けて安全面と治療効果の面で前進することができました。
本研究成果は、国際学術ジャーナル「Inflammation and Regeneration」のオンライン版で、3月13日(水)午前9時(日本時間)に公開されました。
肝細胞増殖因子(HGF)を損傷部に投与し、その後にヒトiPS細胞から作成した神経幹細胞を患部へ移植することで大幅な治療効果の増強を得ることは既に昨年発表していましたが、HGFが損傷組織において時間経過とともにどのような遺伝子制御を担っているのかは解明できていませんでした。つまり、その経時的な遺伝子制御を知ることで神経幹細胞の適切な移植時期のエビデンスを得ることができるため、本研究ではその解明に乗り出しました。
解析の結果、先行研究と同様に神経再生や抗炎症作用などを示す遺伝子発現の変化が見られました。一方で、2日目の効果・7日目の効果・共通部分の3グループにおいて発現量に変化のあった遺伝子のうち、神経再生や抗炎症作用などの機能に関連する遺伝子の数を比較したところ、2日目の効果・共通部分・7日目の効果の順に数が増えていくという結果が得られました。このことから、HGFの脊髄損傷治療効果は2日目から7日目にかけて増強され、次第に多くの遺伝子が動員されることで神経再生や抗炎症などの作用が発揮されることがわかりました。
(図1) Delayed effect:HGFを投与して時間経過とともに神経再生や抗炎症作用を有する遺伝子発現が飛躍的に上昇する(論文中の図より引用) 。
研究指導医:加瀬義高
研究責任者:岡野栄之
これまでに当研究グループは慶應義塾大学医学部整形外科学教室と共同で、脊髄損傷ラットにおいてヒトiPS細胞(注2)由来の神経幹細胞(注3)を脊髄損傷組織に移植する前にHGFを損傷組織に投与しておくことで神経幹細胞移植による再生治療効果を飛躍的に上昇させることに成功していました。
しかしながら、HGF投与後の再生効果はどのような遺伝子制御によるものなのか、またHGF投与後に、いつ神経幹細胞を移植するのが最善なのか(HGF投与して直ぐなのか数日後なのか)はよくわかっていませんでした。
本研究の結果、HGFの効果には3つの構成要素、「初期効果」「連続効果」「遅延効果」があることがわかり、HGF投与と神経幹細胞移植という併用療法のメカニズムのエビデンスが得られたことにより、今後の再生治療の臨床応用に向けて安全面と治療効果の面で前進することができました。
本研究成果は、国際学術ジャーナル「Inflammation and Regeneration」のオンライン版で、3月13日(水)午前9時(日本時間)に公開されました。
研究成果のポイント
- これまでHGFを脊髄損傷組織に投与して時間が経過してもその効果は一定であるという暗黙の仮説に基づいて研究されてきたが、実はHGFを投与後に遺伝子発現パターンがダイナミックに変動していくことがわかった。
- HGFは脊髄損傷組織で、その組織の遺伝子発現プロファイルを変化させながら神経再生に有利な環境を形成していくことを解明した。
- 脊髄損傷箇所にHGFを投与して数日経過したのちに神経幹細胞を移植する併用治療が、脊髄損傷の再生治療に非常に効果的であることが判明した。
背景
脊髄損傷は、運動・知覚の麻痺、自律神経系(排尿や排便)の障害を招き、その後の患者の生活の質を大きく損なう疾患です。急性期および亜急性期脊髄損傷に対する臨床試験が施行されていますが、現在、損傷から免れた残存神経組織の保護や損傷周辺環境の改善(炎症の改善など)により、神経細胞移植療法の効果を増強させる試みをおこなっています。肝細胞増殖因子(HGF)を損傷部に投与し、その後にヒトiPS細胞から作成した神経幹細胞を患部へ移植することで大幅な治療効果の増強を得ることは既に昨年発表していましたが、HGFが損傷組織において時間経過とともにどのような遺伝子制御を担っているのかは解明できていませんでした。つまり、その経時的な遺伝子制御を知ることで神経幹細胞の適切な移植時期のエビデンスを得ることができるため、本研究ではその解明に乗り出しました。
研究手法・研究成果
脊髄損傷ラットの患部にHGFを投与して2日目と7日目の検体を用いて網羅的に遺伝子転写産物を解析できるRNA-seq(注4)データを取得し、その解析をおこないました。本研究では、HGFの効果が時系列的に変化する可能性についても考慮するため、各タイムポイントにおけるHGFの影響を2日目の効果(early effect)・7日目の効果(delayed effect)・共通部分(continuous effect)の3つに分解し、それらを個別に評価可能なデータ分析方法を考案しました。解析の結果、先行研究と同様に神経再生や抗炎症作用などを示す遺伝子発現の変化が見られました。一方で、2日目の効果・7日目の効果・共通部分の3グループにおいて発現量に変化のあった遺伝子のうち、神経再生や抗炎症作用などの機能に関連する遺伝子の数を比較したところ、2日目の効果・共通部分・7日目の効果の順に数が増えていくという結果が得られました。このことから、HGFの脊髄損傷治療効果は2日目から7日目にかけて増強され、次第に多くの遺伝子が動員されることで神経再生や抗炎症などの作用が発揮されることがわかりました。
(図1) Delayed effect:HGFを投与して時間経過とともに神経再生や抗炎症作用を有する遺伝子発現が飛躍的に上昇する(論文中の図より引用) 。
今後の展開
強力な神経再生治療の手法であるHGFとヒトiPS細胞由来の神経幹細胞移植の併用療法について、HGFがもたらす患部組織の遺伝子発現制御の詳細が明らかになりました。これにより、いつ神経幹細胞を移植するのが最善なのかのエビデンスを得ることができ、今後の臨床応用に向け前進することができました。特記事項
「本研究はAMED再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点 (拠点A)「iPS細胞由来神経前駆細胞を用いた脊髄損傷・脳梗塞の再生医療」、一般社団法人日本損害保険協会交通事故医療研究助成、公益財団法人 武田科学振興財団の助成を受けたものです。用語解説
注1) 肝細胞増殖因子(HGF)
肝細胞の増殖を促進するタンパク質。このタンパク質は肝臓のみならず、神経系、肺、腎臓、心臓、皮膚など様々な組織・臓器の再生と保護を担う。注2) iPS細胞
山中因子であるOct3/4, Sox2, Klf4などの転写因子を導入することにより、様々な細胞へ分化できる多分化能を人工的に持たせた細胞。注3) 神経幹細胞
中枢神経系を構成する 3 系統の細胞(ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイト)へと分化することができる多分化能を有する細胞。注4) RNA-seq
当該組織や細胞の遺伝子発現を網羅的に調べることができる手法。得られた遺伝子発現データをどの様に取り扱って解析するか(データサイエンス)が重要で注目されている。文献情報
論文タイトル
Chronological transitions of hepatocyte growth factor treatment effects in spinal cord injury tissue(脊髄損傷組織における肝細胞増殖因子の治療効果の経時的変遷)著者
筆頭著者:岡野雄士研究指導医:加瀬義高
研究責任者:岡野栄之