プレスリリース

医学部ウイルス学 村田貴之教授らの研究成果が米国微生物学会が発行するジャーナル「Microbiology Spectrum」に掲載されました

 EBV感染によってB細胞が不死化する仕組みの一端を解明
〜EBV陽性がんの予防・治療法開発に期待〜

藤田医科大学 医学部ウイルス学の杉本温子博士研究員(現名古屋大学大学院医学系研究科ウイルス学 助教)、村田貴之教授、がん医療研究センターの佐谷秀行教授、名古屋大学大学院医学系研究科ウイルス学の木村宏教授、名古屋市立大学大学院医学系研究科の奥野友介教授、国立病院機構名古屋医療センターの岩谷靖雅部長、東北医科薬科大学医学部の神田輝教授らの研究グループは、EBウイルス(EBV)※1感染によって誘導させるB細胞※2がん化のメカニズムの一端を解明しました。
本研究成果は、米国微生物学会(American Society for Microbiology)が発行するジャーナル「Microbiology Spectrum」の電子版に、7月6日付で掲載されました。本研究は日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症研究基盤創生事業(多分野融合研究領域)「EBV感染・がん化機構解明のための多分野連携研究」(研究代表者 村田貴之)および「ウイルス感染後に感染細胞の核内に出現する構造体の時空間的解析」(研究代表者 名古屋大学 佐藤好隆)の支援を受けて行われました。
論文URL : https://doi.org/10.1128/spectrum.00440-23

研究成果のポイント

  • EBVが初代B細胞に感染すると、短時間で核小体の肥大化が起こることを発見しました。
  • この核小体の肥大化には、細胞のIMPDH2※3という遺伝子の発現誘導が必須であることを解明しました。
  • 薬剤やノックダウンによりIMPDH2のはたらきを抑制すると、核小体の肥大化は阻害され、EBVによる初代B細胞の不死化も抑制されました。
  • IMPDH2を標的とした、EBV陽性がんの予防・治療法開発が期待されます。

背景

EBVは成人の90%以上が感染している、ごくありふれたウイルスです。感染しても多くの場合はほとんど症状を示さず、体内で主にB細胞に潜伏します。ただしまれにバーキットリンパ腫やPTLD※4などのがんの原因になることがあります。実際、健常人由来初代B細胞にEBVを感染させると、効率よく細胞を不死化することができます。本研究では、EBVによってB細胞ががん化する機構の一端を世界に先駆けて明らかにしました。

研究手法・研究成果

健常人由来初代B細胞にEBVを感染させ電子顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡でその形態を観察したところ、B細胞の核小体が急速に肥大化していることを発見しました。この核小体の肥大化には、細胞がコードするIMPDH2という遺伝子の発現がEBV感染によって誘導されることが必須であることを見出しました。IMPDH2遺伝子はde novoのGTP合成※5に重要な酵素をコードしています。実際にEBV感染によってIMPDH2発現が誘導され、GTPが増産し、rRNAやtRNA※6の産生が亢進し、これによって核小体が肥大化している様子が観察されました。IMPDH2の発現はEBVがコードする転写コファクターであるEBNA2と、MYC※7のはたらきにより誘導されていました。阻害剤やノックダウンによりIMPDH2のはたらきを阻害すると、EBV感染による核小体の肥大化は抑制され、さらにB細胞の不死化も抑制されました。マウス異種移植モデルで、MMF※8というIMPDH阻害薬を処理したところ、EBV陽性腫瘍の形成が減弱し、マウス生存率が大きく改善しました。
以上の結果は、EBVによるB細胞不死化の機序の一端を明らかにするのみならず、IMPDH阻害剤がPTLDを含むEBV陽性がんの予防・治療に利用できる可能性を強く示唆するものと考えられます。

今後の展開

今回の研究で、IMPDH2がEBV陽性がん、あるいは広くがんに対する予防・治療薬の創薬ターゲットとして適していることが示唆されました。特に、MMFはすでに免疫抑制剤として承認されている薬剤であることから、移植における免疫抑制剤として、他の免疫抑制剤ではなくMMFを用いることで、PTLDを効果的に予防できる可能性が示されました。
ただしPTLD以外のEBV陽性がん(例えばバーキットリンパ腫など)の治療のためにMMFを使用してしまうと、随伴する免疫抑制効果が強く発揮されてしまい別の感染症などを誘発してしまう可能性があるので、別の抗がん剤と組み合わせるなど、より効果的で副作用の少ない治療法を検討する必要があると考えられます。

用語解説

※1  EBV

Epstein-Barr virus、EBウイルス。ヘルペスウイルス科のDNAウイルスで、伝染性単核球症の原因となる。まれにバーキットリンパ腫、胃癌などのがんの原因となる。

※2 B細胞

免疫細胞のひとつで、抗体を産生する能力を有する。Bリンパ球ともいう。

※3 IMPDH2

Inosine monophosphate dehydrogenase 2。イノシン1リン酸の脱水素反応を司る酵素である。de novoのGTP合成※5の律速となっている。

※4 PTLD

Post-Transplant Lymphoproliferative Disorder:移植後リンパ増殖性疾患。移植後の拒絶反応を抑制するために免疫抑制剤を投与すると、健常時であれば免疫によって排除できるリンパ球の腫瘍細胞を排除できず、その増殖を許してしまうために生じるがん。PTLDはEBV陽性のB細胞がおよそ90%を占める。

※5 de novoのGTP合成

GTPの合成にはde novoとsalvageの2つの経路がある。de novoとは「新たに」という意味で、de novoのGTP合成経路は、グルコースから、イノシン1リン酸を介して、シグナル伝達物質やDNA、RNAの原料となるGTPを新たに合成する経路である。一方salvageは「回収」を意味し、すでに存在する塩基を再利用することでGTPを合成する。

※6  rRNA、tRNA

ribosomal RNA、transfer RNA。転写、翻訳に必須のRNA。いずれも遺伝子発現に重要なはたらきをする。rRNAは核小体において転写され、タンパク質と複合体を形成し、リボソームとなる。

※7 MYC

細胞周期の調節、細胞の分化および増殖に関わる転写因子。多くの種類のがんに関わる遺伝子として知られている。

※8  MMF

Mycophenolate Mofetil、ミコフェノール酸モフェチル。IMPDHの阻害剤。GTP合成を主にde novo合成系に依存しているT細胞やB細胞の活性化を抑制することで免疫抑制剤として作用する。

文献情報

論文タイトル

Growth Transformation of B cells by Epstein-Barr Virus Requires IMPDH2 Induction and Nucleolar Hypertrophy

著者

杉本温子1,2,3、渡辺崇広3、松岡和弘2、奥野友介4、柳裕介3、成田洋平5、馬渕青陽3,6、信末博行7、杉原英志7,10、平山将也8,9、井手富彦10、尾之内高慶10、佐藤好隆3、神田輝11、佐谷秀行7、岩谷靖雅2、木村宏3、村田貴之1,3

所属

1 藤田医科大学 医学部ウイルス学講座
2 国立病院機構名古屋医療センター 臨床研究センター
3 名古屋大学大学院 医学系研究科ウイルス学分野
4 名古屋市立大学大学院 医学系研究科ウイルス学分野
5 ハーバード大学 ブリガム アンド ウイメンズ病院
6 名古屋大学 医学部附属病院病理部
7  藤田医科大学 研究推進本部がん医療研究センター遺伝子制御研究部門
8  藤田医科大学 医療科学部形態・病理診断学講座
9  藤田医科大学大学院 分子病態解析学講座
10 藤田医科大学 研究推進本部オープンファシリティセンター
11 東北医科薬科大学 医学部微生物学教室

雑誌名

Microbiology Spectrum (2023年7月6日付 電子版に掲載)

DOI

10.1128/spectrum.00440-23