臨床再生医学講座の加瀬義高講師らの研究成果が医学雑誌「Experimental Neurology(特集号)」に掲載されました
新型コロナウイルスは変異株でもニューロンには感染せずに
効率良く脳内の免疫担当細胞であるミクログリアに感染することを発見
効率良く脳内の免疫担当細胞であるミクログリアに感染することを発見
藤田医科大学医学部臨床再生医学講座講師、兼、慶應義塾大学医学部生理学教室特任講師の加瀬義高と慶應義塾大学医学部生理学教室岡野栄之教授らは、新型コロナウイルスが脳内のミクログリア(注1)に感染することを発見しました。
中枢神経障害を引き起こす新型コロナウイルス感染症において、「新型コロナウイルスが果たして神経細胞(ニューロン)(注2)に直接感染できるのか?」という疑問に対して、世界中の数多くの研究結果から、新型コロナウイルスはニューロンへは感染しづらいことがわかっていました。しかし、ウイルスが変異を起こした場合のその感染性の変化や、脳を構成する他の各種細胞への感染性については十分に検証されていない状況でした。さらには、ニューロンへ感染しづらいのならば、なぜ中枢神経障害が起きるのかははっきりわからず、全身の炎症が原因だと思われてきました。
そこで本研究グループはヒトiPS細胞から脳の主要構成細胞であるニューロン、アストロサイト(注3)、ミクログリア、さらに脳オルガノイド(注4)を作成してウイルスの感染性を調べました。その結果、新型コロナウイルス感染症が認められた当初のアルファ株から変異株であるデルタ株、オミクロン株に至るまで、ミクログリアに効率的に感染することがわかり、一方でニューロンや神経幹細胞(注5)には感染しないことがわかりました。また、新型コロナウイルスは細胞の受容体を介して感染しますが、このミクログリアへの感染では、一般に新型コロナウイルスの受容体とされているACE2(注6)ではなく、DPP4(注7)が有力であることがわかりました。
世界的にも新型コロナウイルスはニューロンには感染できないという報告が多いのですが、変異株に関する解析やヒトのミクログリアへの感染に関しての結果は新しい知見です。今回の結果から、新型コロナウイルス感染症による中枢神経障害はニューロンへの直接のウイルスの感染ではなく、ミクログリアへ感染することにより免疫の異常活性化が起こることが鍵となる可能性が示唆されました。
本研究成果はExperimental Neurology(特集号)に掲載予定であり、先行してオンライン版が3月11日(協定世界時)に公開されました。
1.研究の背景と概要
新型コロナウイルス感染症(COVID-19:コロナウイルス感染症2019)では発生当初から中枢神経障害を引き起こすことが報告されてきました。世界中の数多くの研究結果から、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)はニューロンへは感染しづらいことがわかっていましたが、その他の脳を構成する主要細胞に直接ウイルスが感染して障害をきたしているのかはよくわかっておらず、かつ変異株ではその感染性が変化するのか、という疑問に答えた研究報告はありませんでした。コロナウイルスは動物種で感染性が異なるので、脳内の細胞においてもヒトの細胞で解析する必要があるものの、ヒトの脳内から細胞を取り出すことはできないため、研究グループはヒトiPS細胞からニューロン、アストロサイト、ミクログリア、脳オルガノイドを作成してウイルスの感染性を解析しました。安全面を考慮し、解析には新型コロナウイルスそのものを用いるのではなく、新型コロナウイルスが細胞に感染する際に使用するSタンパク質を搭載した実験用のウイルスを用いました。
実験では、新型コロナウイルス感染症発生当初のオリジナル株であるアルファ株、その変異株であるデルタ株、オミクロン株について、上記細胞に対しての感染性を検証しましたが、どの株についてもミクログリアにだけ効率よく感染していました。これまでの研究報告ではアルファ株についてはニューロンに感染しづらいことがわかっていましたが、変異株でも同様の結果であり、かつ、新型コロナウイルス感染症発生当初のウイルス株から既にミクログリアには感染しやすかったことが明らかになりました。
また、このミクログリア特異的な感染では、他の組織への感染で重要な役割を果たしているAngiotensin-Converting Enzyme 2(ACE2)ではなく、Dipeptidyl Peptidase 4 (DPP4)が主要な受容体として役割を担っている可能性が高いことがわかりました。
これまでの本研究グループの発表でも、脳内ではACE2の発現は部分的には高いものの、全体的には低く抑えられており(Kase Y. and Okano H., Inflammation and Regeneration, 2020)(参考文献1)、ACE2の発現が少ないにもかかわらず新型コロナウイルスが中枢神経障害を引き起こすという疑問に対して、ひとつの答えを導いたかたちになりました。
2.研究の成果と意義・今後の展開
新型コロナウイルス感染症では後遺症(long COVID)を含めた中枢神経障害が引き起こされますが、ミクログリアに特異的に感染することが一因であることが示唆されました。全身の炎症(サイトカインストーム)を抑えることも脳を守る上で重要であり、それに加え、脳内のミクログリアの異常活性化を抑えることが、中枢神経障害の今後の治療ターゲットとなる可能性があります。
3.特記事項
本研究は公益財団法人先進医薬研究振興財団および公益財団法人三菱財団の支援によって行われました。また、慶應義塾大学COVID-19対策プロジェクト(慶應ドンネルプロジェクト)の一環として行われました。4.論文
英文タイトル
The original strain of SARS-CoV-2, the Delta variant, and the Omicron variant infect microglia efficiently, in contrast to their inability to infect neurons: Analysis using 2D and 3D culturesタイトル和訳
SARS-CoV-2のオリジナル株、デルタ株、オミクロン株は、ニューロンに感染しないのとは対照的にミクログリアに効率よく感染する著者名
加瀬義高、孫怡姫、後藤真楽、村上玲、佐藤月花、岡野栄之掲載誌
Experimental Neurology(特集号)DOI
10.1016/j.expneurol.2023.114379用語解説
(注1)ミクログリア
貪食能(不必要なものを取り込み、消化・分解する作用)を有する脳内の免疫担当細胞。(注2)ニューロン
神経伝達物質による信号を電気信号に変換し、情報の伝達を行う神経細胞。(注3)アストロサイト
ニューロンの活動を支えるとともに、ニューロンの機能を制御する細胞。(注4)脳オルガノイド
三次元培養にて作成される脳の組織を模倣した脳のような構造体。organ(臓器)と-noid(ようなもの)が組み合わせされた名称。(注5)神経幹細胞
ニューロン、アストロサイトなどを生み出す能力を有した組織幹細胞。(注6)ACE2
Angiotensin-Converting Enzyme 2の略。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染に必要な受容体とされている。高血圧症の治療薬のターゲットでもある。(注7)DPP4
Dipeptidyl Peptidase 4の略。MERS(中東呼吸器症候群)の原因ウイルスMERS-CoVの受容体でもある。また、糖尿病の治療薬のターゲットでもある。