内分泌・代謝・糖尿病内科学の椙村益久教授らの研究成果が先端モデル動物支援プラットフォーム(AdAMS)のピックアップに選出
世界初!長期間安定したSIADHマウスモデルの作製に成功
慢性低Na血症が記憶に影響を与えることを明らかに
SIADH患者の低Na血症診療における神経認知機能障害の重要性を示唆
慢性低Na血症が記憶に影響を与えることを明らかに
SIADH患者の低Na血症診療における神経認知機能障害の重要性を示唆
本学 内分泌・代謝・糖尿病内科学の椙村益久教授、藤沢治樹講師、鈴木敦詞教授、医科学研究センター システム医科学研究部門 宮川剛教授らの研究グループは、慢性低Na血症における病態のさらなる解析に有用な、世界初と言える安定した慢性低Na血症を呈する抗利尿ホルモン不適切分泌症候群(SIADH)マウスモデルの作製に成功しました。また、慢性低Na血症で記憶が低下すること、低Na血症を補正することにより、記憶が改善することを明らかにしました。臨床でもSIADH患者の低Na血症の診療・治療において、神経認知機能障害について留意する重要性が示唆されました。
日本内分泌学会の英文誌「Endocrine Journal」(2021年68号)で発表された本研究成果は、文部科学省が推進する先端的なモデル動物の作製と開発を支援する「先端モデル動物支援プラットフォーム(AdAMS)」の2021年度ピックアップに選出されました(2021年度のAdAMS成果報告システムに登録された268報の論文の中から、本論文を含めた15報が選出され、AdAMSのウェブサイトで解説文が掲載されています)。
研究成果のポイント
- 世界で初めて安定した慢性低Na血症を呈するSIADHマウスモデルの作製に成功
- これにより低Na血症、SIADHの病態解析・新たな治療法の開発が期待される
- 慢性低Na血症で記憶が低下すること、低Na血症を補正することにより、記憶が改善することを証明
- SIADH患者の低Na血症の診療、治療において、神経認知機能障害に留意する重要性を示唆
背景
従来、慢性の低Na血症は、脳が低Na血症に適応するため無症状であると考えられてきました。しかし近年、比較的軽度な慢性低Na血症患者において認知機能障害、歩行時のバランス障害などの神経症状が認められ、Quality of lifeの低下及び生命予後が悪化することが報告されています。疾患の病態解明には、適切な動物モデルが不可欠であり、従来、低Na血症の主な原因であるSIADHのモデルとして、ラットが一般的に使用されています。我々はその慢性SIADHラットを用いて慢性低Na血症により失調性歩行を呈すること、記憶障害が生じることを報告しました(J Am Soc Nephrol. 2016 Mar;27(3):766-80.)。現在、行動解析などさまざまなin vivo実験系はマウスを対象としたものが多く、さらにマウスにおいては遺伝子改変技術が広く使われ病態における個々の遺伝子の役割の解析が容易になってきています。しかし、基礎実験に有用である慢性低Na血症のマウスモデルの報告はほとんどありません。研究手法
8週齢の雄C57BL/6マウスに液体食投与とデスモプレシン酢酸塩水和物(dDAVP)の持続皮下注を行いました。dDAVPの用量は0.03ng/h(dDAVP0.03+液体食群)、0.3ng/h(dDAVP0.3+液体食群)、0.5ng/h(dDAVP0.5+液体食群)としました。また、比較として、生理食塩水持続皮下注と固形食を投与した群(生食+固形食群)、生理食塩水持続皮下注と液体食投与群(生食+液体食群)、dDAVP0.5ng/h持続皮下注と固形食投与群(dDAVP0.5+固形食群)を作製しました(図1)。また、dDAVP0.03+液体食群をコントロール群、dDAVP0.3+液体食群を低Na血症群として、恐怖条件付けテスト、T字型迷路による記憶の評価を行いました。図1実験のプロトコール
研究成果
dDAVP投与3週間後、6群間で体重の有意差を認めませんでした。血清Na値は生食+液体食群(153.3±0.3 mEq/L)と比較して、dDAVP0.03+液体食群(140.5±2.7 mEq/L)では有意に低下し、dDAVP0.3+液体食群(123.7±2.4 mEq/L)、dDAVP0.5+液体食群(122.2 ±0.5 mEq/L)ではさらに低下していました(図2)。また、血清尿酸値は、生食+液体食群と比較して、dDAVP0.3+液体食群、dDAVP0.5+液体食群で有意に低下していました。さらに、尿浸透圧は、生食+液体食群と比較して、dDAVP0.3+液体食群、dDAVP0.5+液体食群で有意に上昇していました。行動解析では、低Na血症群で記憶の低下を認め(図3)、慢性Na血症を補正することにより、完全ではないものの、記憶の改善を認めました(図4)。
図2 血清Na濃度(mEq/L)
図3 T字型迷路の結果
図4 低Na血症補正前と補正後のT字型迷路の結果の比較
今後の展開
これらの結果から、本マウスモデルは、体重の変化なく、血清尿酸値の低下、尿浸透圧上昇を伴って血清Na値が低下しており、ヒトのSIADHの病態を呈していると考えられました。本マウスモデルは、世界初と言える安定した慢性低Na血症を呈するSIADHマウスモデルであり、今後低Na血症、SIADHの病態解析に有用であると考えられます。本研究の結果、慢性低Na血症で記憶が低下すること、低Na血症を補正することにより、記憶が改善することが明らかとなり、実地臨床において低Na血症の診療、治療への貢献が期待できます。
文献情報
論文タイトル
Vasopressin escape and memory impairment in a model of chronic syndrome of inappropriate secretion of antidiuretic hormone in mice著者
藤沢治樹1、鈴木敦詞1、宮川剛2、椙村益久1所属
1 藤田医科大学 内分泌・代謝・糖尿病内科学2 藤田医科大学 医科学研究センター システム医科学研究部門