医学部解剖学IIの髙橋和男教授らの研究成果が国際学術誌「iScience」に掲載されました
人種に共通してIgA腎症患者の血液中に増加するIgA1の糖鎖構造を世界で初めて同定
~IgA腎症の病態解明や新規バイオマーカー開発に期待~
本学医学部解剖学IIの大山友香子講師、髙橋和男教授、同腎臓内科学 坪井直毅教授、イタリア・バーリ大学 Francesco P. Schena教授、ギリシャ・アリストテレス大学 Aikaterini A. Papagianni教授らの研究グループは、IgA腎症の遺伝的背景に人種差を認めることに着目し、国際共同研究でアジア人(日本人)と白人(ギリシャ人)のIgA腎症患者の血中IgA1の糖鎖構造を解析することによって、両人種に共通してIgA腎症患者の血液中に増加するIgA1の糖鎖構造を同定しました。これらの成果により、今後IgA腎症の病態解明や新規バイオマーカー開発につながることが期待されます。
本研究成果は、9月27日付で米国科学雑誌Cellの姉妹誌iScience(電子版)にpre-proofが掲載されました。本論文はオープンアクセスで、自由に閲覧可能です。
本研究は、文部科学省科学研究費(19K08715, 19K08691, 20K22915, 22K16230, 22K08366)、愛知腎臓財団研究助成、石橋由紀子記念基金研究助成の支援を受けて行われました。
研究成果のポイント
- IgA腎症は、腎臓の糸球体に免疫グロブリンの一つであるIgAという蛋白が沈着し腎炎がおきる病気で、発症や臨床像に人種差を認めることが知られています。IgA腎症では血液中にガラクトースが減少した糖鎖を持つ糖鎖異常IgA1(Gd-IgA1)が増加しますが、血中Gd-IgA1値はアジア人より白人が高値でした。
- 血液中IgA1の糖鎖構造を解析したところ、IgA腎症患者では人種に共通して血中IgA1のO結合型糖鎖の数そのものが少ないことがわかりました。
- IgA腎症患者において血中IgA1のO結合型糖鎖の減少は腎機能(eGFR)の低下および血圧の上昇と関連していました。
- IgA腎症患者に特異的に増加するIgA1の糖鎖構造の同定は、病態解明並びに新規バイオマーカー開発につながることが期待されます。
背 景
蛋白尿や血尿が持続する慢性腎炎症候群の中で最多のIgA腎症は、日本人を含むアジア人に高頻度に認めます。無治療では約20年の経過で約40%が末期腎不全に陥り、血液透析など腎代替療法を必要とします。IgA腎症は腎臓の糸球体メサンギウム領域を中心にIgA1が主体となり沈着し炎症を引き起こします。IgA腎症は早期診断・早期治療で予後の改善が見込めますが、臨床定期に有用なバイオマーカーはなく、未だ蛋白尿の程度、腎機能の低下、血圧の上昇、腎病理所見が予後を反映する指標となっており、バイオマーカー開発は最重要課題の一つです。
IgA腎症の原因は未だ不明ですが、近年の基礎研究の進歩により病態解明が進みつつあり、①血液中糖鎖異常IgA1の増加、②糖鎖異常IgA1に対する自己抗体の産生、③高分子免疫複合体の形成、④糸球体への沈着と障害、というMulti-hit病態仮説が提唱されています(Suzuki H. et al. 2011)(図1)。また人種差や家族内発症を認めることから、遺伝要因の関与が疑われています。IgA腎症のゲノムワイド関連解析で認める遺伝リスクスコアはアジア人で最も高くなりました(Kiryluk K. et al. 2012)。一方で糖鎖異常IgA1に着目すると、そのリスクとなる遺伝子型の頻度は欧州で高くアジア人で低いため(Gale DP. et al. 2017)、IgA腎症の多様性が遺伝的にも裏付けられています。また臨床的にも性差や病理像などに人種差を認めることから、人種によって優位な病態が異なる可能性があり注目されています。
図1. IgA腎症の病態仮説。IgA腎症は複数のHitによって発症し遺伝的要因も関与する。
研究手法・研究成果
本研究の目的は、アジア人及び白人IgA腎症患者の血清IgA1の糖鎖構造を解析し、健常対象者の血清IgA1との比較から、人種に共通したIgA腎症に特異的なIgA1の糖鎖構造を同定することです。遺伝リスクスコアとの関連を明らかとするために、白人としてヨーロッパでもっともリスクスコアの低いギリシャ人と、アジア人として最もリスクスコアの高い日本人を解析対象としました(Kiryluk K. et al. 2012)。血清糖鎖異常IgA1(Gd-IgA1)値はELISA法にて定量され、IgA1糖鎖構造は高分解能質量分析計で定量解析しました。血清Gd-IgA1値は白人でアジア人よりも高く、O結合型糖鎖においてガラクトース(Gal)含量の減少を認めました。IgA1は3-6個のO結合型糖鎖がヒンジ領域に結合しますが、IgA腎症患者では両人種に共通して、O結合型糖鎖数(GalNAc数)が減少し、3つのO結合型糖鎖を持つIgA1の相対数が増えていました。さらにIgA1のO結合型糖鎖数の減少は血圧の上昇と関連し、3つのO結合型糖鎖を持つIgA1の相対数の増加は腎機能(eGFR)低下と関連しました(図2)。従来、糖鎖異常IgA1はGal欠乏が特徴とされていましたが、今回の研究からGal欠乏だけでなくGalNAc欠乏、すなわちO結合型糖鎖数の減少も特徴であることがわかりました。
図2. 本研究の概要。白人(ギリシャ)とアジア人(日本)の血清IgA1糖鎖構造の解析により、IgA腎症では人種に共通してIgA1のO結合型糖鎖数が減少し、そのO結合型数の減少は腎機能(eGFR)の低下と血圧上昇に関連することが明らかとなった。
今後の展開
本研究ではIgA腎症の人種間に共通した血清IgA1のO結合型糖鎖構造を初めて同定しました。血清IgA1のO結合型糖鎖数が減少する原因を解明することにより、IgA腎症の病態の解明や新たな治療法の開発につながることが期待されます。IgA腎症の人種に共通した特異的なIgA1の構造を検出することで、IgA腎症のバイオマーカーとして応用することも期待されます。
用語解説
●タンパク質の糖鎖修飾
多くのタンパク質は生合成された後に修飾を受け(翻訳後修飾)、その中で最も多いものが糖鎖修飾です。血清免疫グロブリンは一部に糖鎖修飾を持つ糖タンパク質です。
●IgA1の糖鎖構造と糖鎖異常IgA1(Gd-IgA1)
IgGとともに血液中の主要な免疫グロブリンであるIgAにはIgA1とIgA2と2つのサブクラスが存在します。IgA腎症において糸球体沈着IgAは主にIgA1です。IgA1はIgA2と異なり、そのヒンジ部にO結合型糖鎖を持ちます。通常3-6個のO結合型糖鎖が結合し、その結合部位、糖鎖構造、結合数によりバラエティが存在します。糖鎖異常IgA1(Gd-IgA1)はGal欠損糖鎖を持つため末端GalNAc特異的レクチンやGd-IgA1モノクローナル抗体に高反応性を示しIgA腎症患者血清で高値を示すことからバイオマーカーとして期待されていますが、Gd-IgA1のみでIgA腎症を診断することはできません。
図3. 血清IgA1の糖鎖構造。IgA1はそのヒンジ部に3-6個のO結合型糖鎖が結合する。Gd-IgA1はGal欠損糖鎖を持つ末端GalNAc特異的レクチンやGd-IgA1モノクローナル抗体に高反応性を示すIgA1の総称である。
文献情報
論文タイトル:
Racial heterogeneity of IgA1 hinge region O-glycoforms in patients with IgA nephropathy
著者:
大山友香子1,2,山口央輝3,尾形宗士郎4,Samantha Chiurlia5,Sharon N. Cox5,Nikoletta-Maria Kouri6,Maria J. Stangou6,中嶋和紀7,林宏樹2,稲熊大城2,長谷川みどり2,湯澤由紀夫2,坪井直毅2, Matthew B. Renfrow8,Jan Novak8,Aikaterini A. Papagianni6, Francesco P. Schena5,髙橋和男1,2
所属:
1 藤田医科大学医学部解剖学II(分子病態解析学)
2 藤田医科大学医学部腎臓内科学
3 四日市看護医療大学看護医療学部
4 国立研究開発法人国立循環器病研究センター予防医学・疫学情報部
5 University of Bari and Schena Foundation
6 Department of Nephrology, Aristotle University of Thessaloniki
7 岐阜大学 糖鎖生命コア研究所
8 Departments of Biochemistry and Molecular Genetics and Microbiology,
University of Alabama at Birmingham
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