タンパク質の設計図であるメッセンジャーRNAから 短い不必要断片を取り除く新しい因子の発見
〜抗がん剤耐性のメカニズム解明の鍵となる可能性~
本学 総合医科学研究所の福村和宏助教と前田明教授らの研究チームは、遺伝子(DNA)からタンパク質の設計図となるメッセンジャーRNA(mRNA※1)が正しく作られる過程を研究しています。遺伝子から転写されたmRNA前駆体※2は、mRNAに含まれない不必要な配列(イントロン)で分断されていますが、そのイントロンが切り取られる過程をスプライシング※3と呼んでいます(図1)。不思議なことに、ヒトのイントロンの長さには大きな開きがあり、長短の差は2万5千倍をゆうに超えます。研究チームは、短いイントロンに注目し、それを含むmRNA前駆体は、今まで知られていたタンパク質因子に代わって、新しいタンパク質因子でスプライシングされることを証明しました。この結果、ヒトのイントロンの集合に、今まで知られていなかった新しい機構でスプライシングされる短いイントロンの一群が存在することが明らかになりました。本研究成果は、英国の科学雑誌「Nature Communications」で発表され、オンライン版が2021年8月13日(日本時間18時)に公開されました。
論文DOI番号 : 10.1038/s41467-021-24879-y
研究成果のポイント
- ヒトのmRNA前駆体において、短いイントロンの一群が既知のスプライシング因子U2AF二量体に代わって、新しいスプライシング因子SPF45でスプライシングされていることを証明
- ヒト遺伝子のイントロン集合に、そのスプライシング必須因子、すなわちスプライシング機構、が異なる短いイントロンの部分集合が存在することが明らかになった
- SPF45タンパク質は、以前に抗がん剤耐性に関わる因子として知られていたので、この発見は、抗がん剤耐性のメカニズム解明の鍵を握っている可能性がある
背景
生物の基本単位である細胞の核の中に、生命活動をつかさどるほとんどすべての情報が遺伝子に含まれていますが、必要に応じて遺伝子は転写されmRNA前駆体ができ、そこからイントロンと呼ばれている不要な部分が丁寧に取り除かれて、やっとタンパク質の設計図であるmRNAができあがります。mRNAに不必要なイントロンを切り取り、必要なエクソンをつなぎ直す過程を「スプライシング」と呼んでいます(図1)。mRNAの連続した3つの文字(塩基)がアミノ酸に対応するので、スプライシングは正確無比に行われなければ、目的のタンパク質を作れません。ひとたびスプライシングに狂いが生じると、細胞機能に障害をひき起こし、しばしばがんや重い病気の原因になっていることが知られています。ヒトの遺伝子が不思議なところは、その長さが著しく違うことで、それはイントロンの長さに大きな開きがあるのが原因です(例、ESRP2遺伝子のイントロン6: 43塩基長、KCNIP4遺伝子のイントロン7: 109万7903塩基長)。このような、長さの差が2万5千倍を超えるイントロンが、まったく同じ因子とメカニズムでスプライシングされるのでしょうか? 研究チームは短いイントロン群のスプライシングには、一般的なスプライシング基本因子と違う因子が関与しているのではないかと予想し、その同定に挑戦しました。
研究手法・研究成果
56塩基の短いイントロンを含むHNRNPH1 mRNA前駆体をモデルとし、そのスプライシングに必要な因子を154種類のヒトの核に存在するタンパク質から探索しました。その結果、SPF45(RBM17)タンパク質が必須因子として同定されました。スプライシングの反応において、今まで知られていたU2AF二量体(U2AF65/U2AF35)因子を追い出し、SPF45因子に置き換わっていることがわかりました(図2)。さらに、大規模な遺伝子転写物の解析で、多くの短いイントロンが、U2AF二量体ではなくSPF45に依存するスプライシングが起こっていることが明らかになりました。すなわち、ヒトのイントロンに、そのスプライシング必須因子が異なる短いイントロンの部分集合が存在することが明らかとなり、まさに教科書を書き換える、たいへん重要な研究成果となりました。