プレスリリース

世界初!X線を体外より照射し可視光に変換 生体深部のタンパク質を遠隔操作する 光遺伝学新技術を開発

藤田医科大学医学部生理学II講座 山下貴之教授・松原崇紀助教、奈良先端科学技術大学院大学 柳田健之教授らの共同研究グループは、X線を可視光に変換するシンチレータ※1を用いて、マウスの脳組織に損傷を与えずに脳深部の神経細胞の活動を遠隔的に制御する新しい非侵襲※2的な光遺伝学法を開発しました。
本研究成果はオンライン科学雑誌「Nature Communications」に2021年7月22日付で掲載されました。

研究成果のポイント

  • 光遺伝学は光で特定の神経機能を操作する画期的な技術ですが、刺激光が生体を透過しないために侵襲的な手術が必要となるなど様々な問題がありました
  • 本研究では、X線照射によって発光する特殊な物質(シンチレータ)を応用することによって、脳組織に損傷を与えずに遠隔的に特定の脳神経機能を操作する新しい光遺伝学法を確立しました
  • 本技術により様々な疾患に対する新たな非侵襲的治療法の開発が進むことが期待されます

背景

光遺伝学は、細胞に光感受性のタンパク質を発現させて、光照射により細胞機能を操作する技術で、主に神経科学領域の基礎研究で広く用いられています。この技術に使われる光感受性タンパク質(オプシン※3)は可視光領域の光波長に感受性が高いのですが、可視光は生体の組織を透過しにくい性質を持っているため、体外から光を照射しても生体の深部にあるオプシンを十分に活性化することができません。そのため、深部組織に光遺伝学を適用するためには、標的組織の近くにまで光ファイバーを埋め込む手術が必要です。しかし、この手術により組織に損傷が起きるなどの様々な問題が生じるため、光遺伝学を臨床へ応用するためには光ファイバーを用いない新たな光送達技術の開発が求められてきました。最近では、近赤外光を可視光に変換する粒子を用いてこの問題の解決を試みた報告もありますが、近赤外光の組織透過能にも限界があり、ヒトの深部組織への応用はほぼ不可能ではないかと考えられています。


研究手法・研究成果

今回、共同研究グループは、X線を使うことでこの問題を克服しました。X線は生体を透過し、レントゲン撮影やCTスキャンなどで幅広く臨床応用されています。しかし、X線だけではオプシンを活性化できません。共同研究グループは、X線を効率よく黄色光に変換するCe:GAGGというシンチレータ(図1)に着目し、スクリーニングによってCe:GAGG結晶からの発光により効率よく活性化する最適なオプシンを見出しました。そして、ウイルスベクター※4を用いてそれらオプシンをマウス脳の特定領域に発現させ、同じ領域にCe:GAGG粒子(図1)を注入しました。その後、マウスにX線を照射することで近くの神経細胞のオプシンを活性化すると、その神経細胞の活動を活性化することができました(図2)。また、場所嗜好性※5に関連する細胞を遠隔的に活性化あるいは不活性化し、マウスの場所嗜好性を変化させることに成功しました(図3)。さらに、共同研究グループは、シンチレータ粒子の注入部位に炎症が起きないことを確認するとともに、X線被曝の影響を調べ、放射線感受性の高い細胞群にも影響がない低い線量で、十分にオプシン活性化と行動実験が可能であることも示しました。


図1:X線を照射すると黄色発光を示すCe:GAGGシンチレータの結晶(左)を粉砕しマイクロ粒子(右)として、実験に用いました。


図2:Ce:GAGG粒子をマウスの特定脳領域に注入し、周囲に発現させたオプシンの活性化を試みました。オプシンの発現とCe:GAGG粒子、X線照射のすべてが揃ってはじめて神経活性化マーカーの発現が見られました。


図3:マウスの場所嗜好性を司る神経細胞にオプシンを発現させ、同じ部位にCe:GAGG粒子を注入し、条件付け場所嗜好性試験を行いました(左)。興奮性オプシンを発現させたマウスは対照群に比べて、X線照射側に高い場所嗜好性を示しました。


今後の展開

現在、神経に対する光遺伝学法のみならず、光を用いて特定のタンパク質機能を制御する手法は多数報告されており、様々な基礎研究や治療に役立つことが期待されます。しかし、それらの手法はいずれも可視光を刺激光とするため、深部組織への応用が難しいとされてきました。今回開発したX線を用いた非侵襲的な光遺伝学法を用いることで、これらの手法の深部組織への応用の扉が開きます。本技術により、深部組織の標的細胞や標的タンパク質のみを対象にしたより効率的で副作用の少ない治療法の開発が進むことが期待できます。


用語解説

※1 シンチレータ

X線等の放射線にあたると蛍光を発光する物質の総称です。X線検査機やCTスキャンなどに幅広く利用されていますが、行動神経科学に応用されたのは今回が初めてです。

※2 非侵襲的

生体を傷つけない、あるいは直接触れないことを非侵襲的と言います。一方、器具の埋め込みなどにより生体に傷つけることを侵襲的と言います。

※3 オプシン

特定の波長を持つ光を感受して機能するタンパク質の総称です。実際に光を感受する分子はオプシンに結合しているレチナールで、レチナールが光によって構造変化し、それがオプシンの構造変化につながって機能します。

※4 ウイルスベクター

任意の遺伝子を細胞に導入するための運び屋(ベクター)のうち、ウイルスを用いたものをウイルスベクターと呼びます。基礎研究における生体の神経細胞への遺伝子導入実験に用いられ、臨床でも遺伝子治療に利用されています。

※5 場所嗜好性

その場所を好む程度を示す言葉です。マウスの場所嗜好性は、2つあるいは3つの部屋があるテストチャンバーを用いて簡単な行動試験によって調べることができます。今回は2部屋のチャンバーで片側にX線が照射されるようにした装置を使いました。


文献情報

論文タイトル

Remote control of neural function by X-ray-induced scintillation

著者

松原崇紀1、柳田健之2、河口範明2、中野高志1、吉本潤一郎2、瀬崎真衣子3、滝澤仁3、角田聡4、堀金慎一郎5、上田修平5、竹本(木村)さやか5、神取秀樹4、山中章弘5、山下貴之1

所属

1 藤田医科大学
2 奈良先端科学技術大学院大学
3 熊本大学
4 名古屋工業大学
5 名古屋大学

DOI

10.1038/s41467-021-24717-1