ヒト大腸がんの「がん幹細胞」制御因子としてマイクロRNA miR-221を同定 —乳がんと大腸がんに共通するがん幹細胞制御機構の解明—
藤田医科大学の下野洋平教授、米国コロンビア大学の向山順子博士、Piero Dalerba博士、神戸大学の鈴木聡教授、南博信教授、掛地吉弘教授、九州大学の三森功士教授の研究グループは、手術検体から直接分離した「がん幹細胞」を解析することで、マイクロRNA miR-221がヒト大腸がんの新規「がん幹細胞」制御因子であることを解明しました。
本研究の成果は、2019年10月2日に国際学術誌「Cancer Research」(オンライン版)に掲載されました。
本研究の要約
・抗がん剤や放射線などを用いた治療に抵抗性が高い「がん幹細胞」を標的とした治療を開発できれば、がんの治療効果が高まることが期待されています。
・大腸がん患者の「がん幹細胞」では、マイクロRNA miR-221が高発現していることを見出しました。
・miR-221を抑制すると、「がん幹細胞」の能力が顕著に抑えられました(図B)。
・miR-221の標的遺伝子QKI-5も同様に「がん幹細胞」の制御因子でした(図C)。
・miR-221を抑制する治療法を見出すことで、大腸がんや乳がんに限らず多くのがん種の治療効果を高められるようになることが期待されます。
研究の背景
がん組織の中にある「がん幹細胞」は、幹細胞のような能力をもつことで、条件が整えばがん組織全体を再生出来る特殊ながん細胞です。そのため、がん幹細胞を抑えることでがんの治療効果が高まることが期待されています。本研究グループの下野教授は、米国スタンフォード大学での研究により乳がん幹細胞の機能がマイクロRNAにより制御されていることを世界に先駆けて同定しました(Shimono Y et al. Cell 2009; Isobe T, Shimono Y et al. eLife 2014)。がん幹細胞は、大腸がんでもがんの発生、治療抵抗性、再発、転移などに重要な働きをすることが示されていますが(Dalerba P et al. PNAS 2007; Dalerba P, Shimono Y et al. Nature Biotechnology, 2011)、ヒト大腸がん幹細胞の制御にどのようなマイクロRNAが関わっているのかは明らかではありませんでした。
研究手法・成果
本研究では、大腸がんの手術検体から分離したがん幹細胞を解析し、miR-221が大腸がんの「がん幹細胞制御因子」であることを解明しました。
まず、大腸がんの手術検体よりがん幹細胞を分離し、754種類のマイクロRNAの発現をスクリーニングしました。その結果、特にmiR-221が、がん幹細胞でのみ非常に高発現していることが明らかになりました。また、がんゲノムデータベースの解析からmiR-221が高発現している大腸がんの患者は、低発現の患者に比べ予後不良であることが分かりました(図A)。増殖・分化し腫瘍形成をするなどのがん幹細胞のもつ基本的な機能は、miR-221発現を抑えることで顕著に抑制されました(図B)。また、miR-221ががん幹細胞遺伝子として働く際には、RNA結合タンパク質QKI-5を標的として抑制することが重要であることを見出しました。QKI-5の発現を強めると、miR-221を抑制した時と同様にがん幹細胞のもつ基本的な機能は抑制されました(図C)。
波及効果
本研究グループでは、乳がんのがん幹細胞でもmiR-221の発現上昇がみられることをすでに見出しています(Shimono Y et al. Cell 2009)。したがって、miR-221は大腸がんと乳がんに共通するがん幹細胞の制御因子であると考えられます。miR-221を抑制する治療法を見出すことで、大腸がんや乳がんに限らず多くのがん種の治療効果を高められるようになることが期待されます。
発表論文
Junko Mukohyama, Taichi Isobe, Qingjiang Hu, Takanori Hayashi, Takashi Watanabe, Masao Maeda, Hisano Yanagi, Xin Qian, Kimihiro Yamashita, Hironobu Minami, Koshi Mimori, Debashis Sahoo, Yoshihiro Kakeji, Akira Suzuki, Piero Dalerba and Yohei Shimono. miR-221 targets QKI to enhance the tumorigenic capacity of human colorectal cancer stem cells. Cancer Research (2019)
用語解説
1.がん幹細胞:がん組織の中には、幹細胞のような能力をもち、条件が整えばがん組織全体を再生可能な特殊ながん細胞があることが分かってきました。このような「がん幹細胞」は、抗がん剤治療などによる激しい損傷にも最後まで抵抗し生き残ることで、がんの再発や転移の原因にもなるとされています。
2.マイクロRNA:長さは22塩基程度と短いながら、一種類で数百の遺伝子の発現を抑制する能力をもつ一本鎖RNA。幹細胞の性質の維持にも重要な働きをすることが示されてきています。
本研究への支援
本研究は、文部科学省科学研究費補助金『基盤研究C』、高松宮妃癌研究基金研究助成、金沢大学がん進展制御研究所共同研究費、公益財団法人日本応用酵素協会研究助成、一般財団法人伊藤忠兵衛基金学術研究助成金、公益財団法人上原記念生命科学財団などの支援により行われました。
お問い合わせ
<本研究に関するお問合せ>
藤田医科大学 医学部生化学講座
教授 下野 洋平
TEL:0562-93-2450
MAIL:yshimono@fujita-hu.ac.jp
<取材に関するお問合せ>
学校法人藤田学園 法人本部広報部
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