プレスリリース

ダイレクトリプログラミング技術によるヒト骨格筋幹細胞の作成に成功—難治性筋疾患に対する再生医療に期待—

研究の背景

 我々の身体を動かすために必要になる骨格筋には高い再生能力があります。筋が損傷するような運動をする、あるいは病気などで萎縮する時も、骨格筋特有の幹細胞(骨格筋幹細胞)が効率よく修復するため働いています。この幹細胞は通常、筋を修復する必要がない状態では増殖せず再生が必要になると活性化されますが、この時骨格筋を新たに作るのと同時に再び幹細胞を産み出して次の再生に備える、という仕組みがあります。この仕組みを応用して、難治性筋疾患の一つである筋ジストロフィー3.などでは幹細胞を移植し補充することで再生を促す治療開発が期待されています。しかし、ヒトにおける骨格筋幹細胞をどのように集めてきたらよいのかという問題を抱えていました。

研究手法・成果

 現在まで本研究グループは、実験用マウスを用いて骨格筋幹細胞の成り立ちや基本的な性質、またこの幹細胞を用いた難治性筋疾患である筋ジストロフィー治療への応用を目指してきました。特に成体の骨格筋幹細胞は、がん細胞と違って常に増殖しているわけではなく再生時にだけ増殖して新たな骨格筋を作ります。このときに、骨格筋幹細胞にPax3と呼ばれる転写因子4.が強く発現していることを明らかにし、またこのPax3を発現する幹細胞では他にどのような遺伝子が発現するのかという網羅的な遺伝子発現の調査をこれまで行ってきました。
 これまでの骨格筋誘導研究一般において、MyoDファミリーという転写因子が非常に有名で、MyoDを発現した細胞は強制的に骨格筋細胞にリプログラミングされることが知られています。しかし、MyoDのみの強制発現ではPax3陽性の骨格筋幹細胞へは誘導出来ないことが今回の研究結果で明らかになりました。
そこで、今回の研究ではまずマウスPax3を発現する骨格筋幹細胞中で、Pax3以外に非常に強く発現する転写因子群を100近く同定し、その中でも8つの遺伝子を同時にマウス線維芽細胞に強制発現させた場合にPax3陽性細胞へと直接リプログラミング可能になることが分かりました。
 さらに8つの遺伝子から絞り込んだ結果、試験管レベルで線維芽細胞から骨格筋幹細胞へと誘導する際には、PAX3、MYOD、HEYL、KLF4の4種が必須であり、MYODの短期的な発現上昇が骨格筋幹細胞を誘導するために必要であることが明らかとなりました。この手法を利用して、マウスおよびヒト線維芽細胞、そしてヒトiPS細胞からPAX3陽性の骨格筋幹細胞を1ヶ月間程度で誘導することに成功しました。
 この誘導型ヒト骨格筋幹細胞を筋ジストロフィーモデルマウスの下肢の骨格筋へ移植すると、再生筋への非常に高い生着能を示し、ジストロフィンの発現が劇的に回復することが明らかとなりました(図)。一方、通常の試験管培養したヒト骨格筋細胞を用いても殆ど筋再生に寄与しませんでした。
この研究は、7月25日「Stem Cell Reports」誌(米国)にオンライン掲載されました。

図:リプログラミングにより誘導されたPAX3陽性骨格筋幹細胞を用いて行った細胞移植実験
移植ヒト細胞;hLMNA(緑色)、細胞核:DAPI(青)、筋細胞膜:LAMA2(白)
(左図)骨格筋細胞の回復したジストロフィン;DYS(赤色) 
(右図)新たに生着した骨格筋幹細胞;PAX7(赤色)

※遺伝子名はマウスの場合は一文字目のみ大文字、ヒトの場合は全て大文字となっております。


波及効果と今後の予定

 今回の結果でマウス、ヒトともに4種類の遺伝子を利用して骨格筋幹細胞を作製出来ることが明らかとなりましたが、今後は遺伝子の強制発現方法や長期的に観察して生体内でこれらの移植細胞が悪影響を及ぼさないかなどの調査を進めていく必要があります。さらに、幹細胞を用いた治療や筋萎縮の予防等に貢献できるよう、誘導型ヒト骨格筋幹細胞を大量に増殖培養する技術開発を目指したいと考えています。

 

発表論文

Takahiko Sato*, Koki Higashioka, Hidetoshi Sakurai, Takuya Yamamoto, Naoki Goshima, Morio Ueno and Chie Sotozono. Core transcription factors promote induction of PAX3-positive skeletal muscle stem cells. Stem Cell Reports (2019)



用語解説

  1. 骨格筋幹細胞:生体組織中では骨格筋繊維上に衛星のように近接しているので筋衛星細胞(サテライト細胞)とも呼ばれています。全身の骨格筋組織に存在します。
  2. ダイレクトリプログラミング:iPS細胞などの多能性幹細胞を介さずに体細胞から目的とする細胞に分化誘導させること。
  3. 筋ジストロフィー:全身の骨格筋細胞の細胞膜で発現しているジストロフィンと呼ばれるタンパク質などの発現異常により引き起こされる代表的な難治性筋疾患の一つ。徐々に骨格筋組織が弱くなり、筋再生が追いつかず、最終的には心不全や呼吸不全等を合併するとQOLや生命予後に影響を及ぼします。現在まで根治可能な治療法がありません。
  4. 転写因子:遺伝子の転写を制御するたんぱく質群。通常多くは核に存在し、DNAに書き込まれた遺伝情報のRNAへの転写を促進したり抑制したりする働きを持っています。


本研究への支援

本研究は、AMED・再生医療実現拠点ネットワークプログラム『技術開発個別課題(平成25~29年度)』「難治性筋疾患に対する細胞移植治療法の開発(代表研究者・国立精神・神経医療研究センター 武田伸一)および「再生医療のための細胞システム制御遺伝子発現リソースの構築」(代表研究者・産業技術総合研究所 五島直樹(現・武蔵野大学))、文部科学省科学研究費補助金『基盤研究C』、中冨健康科学振興財団などの支援により行われました。

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