プレスリリース

慢性活動性EBウイルス感染症の原因と 身近なウイルスががんを引き起こす仕組みを解明

藤田医科大学医学部ウイルス・寄生虫学の村田 貴之(むらた たかゆき)教授、同大学医学部小児科学の吉川 哲史(よしかわてつし)教授、名古屋大学医学部附属病院先端医療開発部の奥野 友介(おくの ゆうすけ)特任講師、同大学大学院医学系研究科(研究科長・門松 健治)ウイルス学の木村 宏(きむら ひろし)教授、京都大学大学院医学研究科腫瘍生物学の小川 誠司(おがわ せいし)教授、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センターの宮野 悟(みやの さとる)教授らの研究グループは、原因不明の難病である慢性活動性EBウイルス感染症※1,2の遺伝子解析※3を行い、その原因を解明しました。その過程で、ほとんどの人には感染しても大きな害のないEBウイルスが、ごく一部の人にはがんを引き起こしてしまう仕組みが明らかになりました。本研究成果は、英国時間2019年1月21日付Nature Publishing Groupの科学誌「Nature Microbiology」の電子版に掲載されました。本研究は、文部科学省科学研究費「統合的遺伝子解析を用いた慢性活動性EBウイルス感染症の発症の機構の解析」(研究代表者 木村 宏)、日本医療研究開発機構(AMED)感染症研究革新イニシアティブ(J-PRIDE)「新規臨床データと革新的技術の融合で読み解くEBウイルス再活性化(研究開発代表者 村田貴之)」および難治性疾患実用化研究事業「オミクス解析技術と人工知能技術による難治性造血器疾患の病因解明と診断向上に貢献する解析基盤の開発(研究開発代表者 宮野悟)」の支援を受けて行われました。
EBウイルスは95%の人が成人までに感染するウイルスの1種ですが、通常は風邪のような症状だけで治癒します。しかし、ごく一部の人においては、このウイルスはがんや、その他の難病を発症させます。慢性活動性EBウイルス感染症は、日本で年間約数十人が発症する原因不明の難病です。本来は、数週間程度で収まるEBウイルス感染に伴う炎症が何年間も持続し、命にかかわる様々な合併症を引き起こします。
本研究グループは、次世代シーケンサー※4を使った遺伝子解析によって、慢性活動性EBウイルス感染症が血液がんの一種であることを解明しました。この研究では、ヒトの遺伝子に加えて、EBウイルスの遺伝子も全て解析しましたが、その過程で、この病気に関わるEBウイルスは、いくつかの遺伝子を失っており、その結果として異常に活性化して、がんを発症させることが明らかになりました。その後、遺伝子を失ったEBウイルスが他の血液がんでも見つかり、このウイルスは同じ仕組みで様々な血液がんを発症させることも分かりました。
今回明らかになった発がんの仕組みに基づき、より良い治療法の開発が進むことが、今後、期待されます。

本研究のポイント

・原因不明の難病であった慢性活動性EBウイルス感染症の原因を解明しました。
・多くの人にはほぼ無害なEBウイルスが、一部の人にはがんを引き起こす仕組みを発見しました。
・慢性活動性EBウイルス感染症や、EBウイルスが関わるがんの治療法開発が期待されます。

1.背景

EBウイルスは、世界中の全人口の95%が一度は感染を経験するウイルスです。通常は、感染は小児~青年の時期に感染し、無症状か風邪のような症状をきたすだけで治癒します。つまり、EBウイルスは、ほとんどの人にとっては一時的な感染症をきたす、大きな害のないウイルスです。しかしながら、このウイルスは、ごく一部の人に限っては、EBウイルス関連がん、あるいは、その他の難病を発症させます。EBウイルスはほとんどの人にはあまり害がないにも関わらず、なぜ一部の人にはがんや重大な病気を発症させるのかは、これまで明らかになっていませんでした。
慢性活動性EBウイルス感染症は、日本で年間約数十人が発症する原因不明の難病です。通常、EBウイルスの感染は一時的なもので終わりますが、慢性活動性EBウイルス感染症では、EBウイルス感染に伴う炎症が何年間も(しばしば10年以上も)持続します。この病気は、無症状だったり、風邪のような症状を繰り返したり、特徴的な症状が出たり(蚊アレルギー:蚊に刺されたところが異常に腫れる、種痘様水疱症:特徴的な皮膚の発疹が出る)と、様々な症状をきたします。その過程で、EBウイルスに感染した細胞が多臓器に侵入して破壊したり、異常に増殖して白血病のような状態になるなど、命にかかわる様々な合併症を引き起こします。ある種の抗がん剤治療や、造血細胞移植(骨髄移植・臍帯血移植)が有効ですが命にかかわる合併症も多く、移植を受けない場合は診断から15年間生存できる可能性は25%程度にとどまっています。そのため、新たな治療法が必要ですが、この病気の原因が明らかでないことが障壁の一つとなっていました。これまで想定されていたこの病気の原因としては、患者さんの免疫系※5に異常があってEBウイルスを排除できない可能性や、EBウイルスの中でも特別なタイプのものが存在して、それがこの病気を引き起こしている可能性が考えられていました。
次世代シーケンサーはここ数年で利用が大きく広がった遺伝子を調べるための解析装置です。性能は従来の装置と比べると大きく進化しており、1億倍ほど多くの遺伝子を解析できます。この技術革新によって、それ以前とは全く比べものにならない速度で、様々な病気の原因が解明されています。しかしながら、患者さんの数が少ない病気では、まだまだ原因を探す研究が十分に進んでいません。本研究では、次世代シーケンサーを使って、慢性活動性EBウイルス感染症の原因の解明を試みました。

2.研究成果

本研究グループは、次世代シーケンサーを用いて、慢性活動性EBウイルス感染症の患者さん80人を解析しました。その結果、EBウイルスが感染した血液細胞の遺伝子には、がんで起こるような突然変異が生じていることが判明しました。具体的には、DDX3X遺伝子というEBウイルスが関与する血液がん(バーキットリンパ腫や節外性NK/T細胞リンパ腫)でよく変異がみられる遺伝子に変異が集積していました。これは、慢性活動性EBウイルス感染症が、がんとしての性質を備えている可能性を示しています。また、この病気を診断された時点でDDX3X遺伝子変異が見つかる患者さんの治療の見通し(予後)は、見つからない患者さんと比べて、かなり悪いことも明らかになりました(図1)。今回の遺伝子解析では、患者さんの免疫系に異常があるという証拠は見つかりませんでした。

図1
図1
 図1. 診断時点の遺伝子変異と予後の関係
横軸が診断されてからの期間、縦軸が生存している患者さんの割合を示します。慢性活動性EBウイルス感染症と診断された時点で遺伝子変異が見つかる患者さんの予後は、見つからない患者さんと比較して悪いことがわかります。
 
次に、病気が徐々に進行し、最終的には血液がんのような状態(急性転化)まで進展した1人の患者さんについて、いくつかの時点で遺伝子解析を行いました(図2)。その結果、最初に診断された時点と比べると、病気が進行した時点では、3種類の異なるDDX3X遺伝子変異が新たに生じていました。さらに、PD-L1遺伝子変異という、免疫系からの攻撃を回避するための遺伝子変異も獲得されていました。病気が進展するにつれ、新たな遺伝子変異を獲得していくことは、がんの特徴的な性質の一つであり、慢性活動性EBウイルス感染症も、がんとして振る舞う病気である可能性が強く考えられました。
 
図2
図2
図2. EBウイルス感染細胞に生じた突然変異(一例)
病気が進行するにつれ、EBウイルスに感染した血液細胞は様々な遺伝子変異を獲得していました。特に、DDX3X遺伝子変異には異なる3種類の遺伝子変異が生じており、この病気の進展に重要な役割を果たしていると考えられます。
 
この研究では、ヒトの遺伝子(約20,000遺伝子)に加えて、EBウイルスの遺伝子(約80遺伝子)も全て解析しました。その結果、慢性活動性EBウイルス感染症に関わるEBウイルスは、いくつかの遺伝子を失っていることが判明しました(図3)。失っていた遺伝子には、EBウイルスがヒトの細胞のなかに潜伏する(潜伏感染する)ために必要な遺伝子や他の細胞や他の人に感染する時に使うウイルス粒子を作るために必要な遺伝子が含まれていました。

図3
図3
図3. EBウイルスゲノムに見つかった大きな欠損(一例)
EBウイルスのゲノム(遺伝情報が記されている設計図)は環状で、80ほどの遺伝子が存在します。この一例では、2つの領域が欠損していました。1つ目の領域には9つの遺伝子が存在し、そこにはウイルス粒子を作るために必須の遺伝子が含まれていました。2つめの領域には、ウイルスが感染細胞の中で静かに潜んでいる(潜伏感染する)ために必要な遺伝子が含まれていました。
 
これらの遺伝子を失ってしまうと、EBウイルスは人から人へ感染することができなくなります。加えて、遺伝子を失ったEBウイルスは、異常に活性化して(普段は10個くらいの遺伝子しか使わないのですが、ほとんどの遺伝子を使う状態になります)、ヒトの細胞をがん化に向かわせることが明らかになりました。遺伝子を失ったEBウイルスは他の血液がん(びまん性大細胞型B細胞リンパ腫、節外性NK/T細胞リンパ腫)でも見つかりました。すなわち、EBウイルスは同じような仕組みを使って様々なタイプの血液がんを発生させる可能性が示されました。
こういったEBウイルスの欠損が、どれくらいの頻度で起こるのかを予測するために、試験管内でEBウイルスの粒子を作り、それぞれの粒子について遺伝子を解析する実験を行いました。75個のウイルス粒子を調べましたが、欠損が生じた(遺伝子が失われた)ウイルス粒子は1個でした。この結果から、ごくまれにしか欠損が生じないことが、このウイルスがごく一部の人にしかがんを発症させない理由を説明できるかもしれません。

3.今後の展開

今回の研究で、慢性活動性EBウイルス感染症が、がんの性質を備えていることが新たに明らかになりました。また、血液がんに関与するEBウイルスはいくつかの遺伝子を失っており、異常に活性化していることも判明しました。
 これらの発見を病気の治療に役立てるためには、今後、さらなる研究が必要です。例えば、慢性活動性EBウイルス感染症について、見つかった遺伝子変異に対する特別な治療薬の効果を検証すること(肺がんなどですでに臨床応用されている、PD-L1遺伝子変異に対する免疫チェックポイント阻害薬など)や、遺伝子変異の有無によって治療法の効果に違いがないかを検討すること(抗がん剤治療や造血細胞移植を受けた患者さんの遺伝子解析)が必要です。EBウイルスの異常な活性化を抑える治療法の開発も期待されます。

<用語説明>
1.慢性活動性EBウイルス感染症:EBウイルスの感染が持続し、命にかかわる様々な合併症を引き起こす難病。日本を含めた東アジアで頻度が高い病気だが、それでも日本での発症は年間数十人の稀少疾患である。症状は、ほぼ無症状の患者さんから特徴的な症状(蚊アレルギー、種痘様水疱症)をきたす患者さんまで様々であり、正しい診断にたどり着かない患者さんも存在する可能性がある。血液中にEBウイルスに感染した血液細胞(多くはTリンパ球かNK細胞)が存在すること、持続的にEBウイルスのゲノム(遺伝子)が検出されることなどから診断される。
2.EBウイルス(Epstein-Barrウイルス):ヒトに感染するウイルスの一種。世界中にまん延しており、95%の人が一度は感染を経験する。通常は一時的な感染症をきたす大きな害のないウイルスであるが、ごく一部の人には血液がんやその他の難病を発症させる。通常はBリンパ球(抗体を作る細胞)に感染し、細胞の中でほとんど活動せずじっとしている状態(潜伏感染)に移行して、一生(ヒトが死ぬまで)感染した状態を維持する。ときおり、何らかの刺激で活性化して、ウイルス粒子を作り、同じ人の別の細胞や、他の人に感染を広げる。
3.遺伝子:ヒトを含めた、生物やウイルスの設計図。ヒトには約20,000種類の遺伝子があるが、その1つ1つが異なる働きを有しており、体を組み立てて機能させる部品の情報を含んでいる(多くは、酵素を含めた、たんぱく質を作るための設計図となっている)。遺伝子に突然変異が生じると、本来は意図していない、細胞をがん化させるような機能を獲得したりする。
4.次世代シーケンサー:数年前から利用が広がった、遺伝子を解析するための装置。従来の装置と比較して、約1億倍のデータを解析することが可能になった。2000年当初には世界中の研究室が協力して1人のヒトの全ての遺伝子を解析していたが、次世代シーケンサーの登場によって、1つの研究室でそれを行うことも可能になった。この装置を利用して、世界中で1万人を超える規模の遺伝子解析プロジェクトが行われている。
5.免疫系:ヒトに備わっている、細菌やウイルスなどの異物を体内から除去する仕組み。これが機能しないと、免疫不全の状態となり、普通では感染しない微生物に感染したり、感染した微生物をきちんと除去できなくなる。


【 発表雑誌 】
論文タイトル: Defective Epstein-Barr virus in chronic active infection and related hematological malignancy
著者:Yusuke Okuno1, Takayuki Murata2, Yoshitaka Sato2, Hideki Muramatsu3, Yoshinori Ito3, Takahiro Watanabe2, Tatsuya Okuno3, Norihiro Murakami3, Kenichi Yoshida4, Akihisa Sawada5, Masami Inoue5, Keisei Kawa5, Masao Seto6, Koichi Ohshima6, Yuichi Shiraishi7, Kenichi Chiba7, Hiroko Tanaka7, Satoru Miyano7, Yohei Narita2, Masahiro Yoshida2, Fumi Goshima2, Jun-ichi Kawada3, Tetsuya Nishida8, Hitoshi Kiyoi8, Seiichi Kato9, Shigeo Nakamura9, Satoko Morishima10, Tetsushi Yoshikawa11, Shigeyoshi Fujiwara12, Norio Shimizu13, Yasushi Isobe14, Masaaki Noguchi15, Atsushi Kikuta16, Keiji Iwatsuki17, Yoshiyuki Takahashi3, Seiji Kojima3, Seishi Ogawa4, and Hiroshi Kimura2
雑誌名:Nature Microbiology (2019年1月21日付 電子版に掲載)
1Center for Advanced Medicine and Clinical Research, 9Department of Pathology and Laboratory Medicine, Nagoya University Hospital, Nagoya, Japan, 2Department of Virology, 3Department of Pediatrics, 8Department of Hematology and Oncology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan, 4Department of Pathology and Tumor Biology, Graduate School of Medicine, Kyoto University, Kyoto, Japan, 5Department of Hematology/Oncology, Osaka Women’s and Children’s Hospital, Osaka, Japan, 6Department of Pathology, Kurume University School of Medicine, Kurume, Fukuoka, Japan, 7Laboratory of DNA Information Analysis, Human Genome Center, Institute of Medical Science, The University of Tokyo, Tokyo, Japan, 10Division of Endocrinology, Diabetes and Metabolism, Hematology, Rheumatology (Second Department of Internal Medicine), Graduate School of Medicine, University of the Ryukyus, Nishihara, Japan, 11Department of Pediatrics, Fujita Health University School of Medicine, Toyoake, Japan, 12Department of Allergy and Clinical Immunology, National Research Institute for Child Health and Development, Tokyo, Japan, 13Center for Stem Cell and Regenerative Medicine, Division of Advanced Biomedical Engineering Research, Institute of Research, Tokyo Medical and Dental University, Tokyo, Japan, 14Division of Hematology and Oncology, Department of Internal Medicine, St. Marianna University School of Medicine, Kawasaki, Japan, 15Department of Hematology, Juntendo University Urayasu Hospital, Urayasu, Japan, 16Department of Pediatric Oncology, Fukushima Medical University School of Medicine, Fukushima, Japan, 17Department of Dermatology, Okayama University Graduate School of Medicine, Dentistry, and Pharmaceutical Sciences, Okayama, Japan
DOI:10.1038/s41564-018-0334-0

【 お問い合わせ先 】

 <研究内容に関すること>
藤田医科大学 医学部 ウイルス・寄生虫学
教授 村田 貴之
TEL:0562-93-2467
Email:tmurata@fujita-hu.ac.jp 

藤田医科大学 医学部 小児科学
教授 吉川 哲史
TEL:0562-93-9035
MAIL:tetsushi@fujita-hu.ac.jp

 

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