<海外文献紹介> エマヌエル症候群の臨床症状 (3)
 
 
 
エマヌエル症候群(22番派生染色体過剰症候群)の臨床像:患者63人の臨床症状  第3回目(最終) 考察
 Phenotypic delineation of Emanuel syndrome (supernumerary derivative 22 syndrome): Clinical features of 63 individuals. 
Am J Med Genet A. 2009 149A(8):1712-21.
 
エマヌエル症候群が最初に英語の論文として報告されたのは、1960年代から1970年代です。G-バンド染色法は、未だ利用可能ではありませんでしたが、「ダウン症候群やXXYではないけれど、G群染色体類似の小さな末端動原体型染色体を過剰に持つ」多発奇形と発達障害の兄弟例の報告がいくつかあり、当時は22トリソミーと考えられていました(Uchida et al., 1968; Alfi et al., 1975; Penchaszadeh and Coco, 1975; Emanuel et al., 1976; Shokeir 1978)。染色体の技術が利用可能になると、過剰染色体の非定型特徴が指摘され、最終的に均衡転座保因者である親に由来する11番と22番の派生染色体であることが判明しました(Kessel and Pfeiffer, 1977; Feldman and Sparkes, 1978; Nakai et al., 1979)。11番と22番染色体の転座切断点の特徴から、t(11;22)転座は繰り返し起こる転座であり、ヒトで最も高頻度におこる反復性染色体相互転座であることがわかりました(Zackai and Emanuel, 1980; Schinzel et al., 1981; Griffin et al., 1986; Budarf et al., 1989; Edelmann et al., 1999; Shaikh et al., 1999; Tapia-Perez et al., 2000; Kurahashi et al., 2000c)。t(11,22)染色体転座の切断点は、パリンドロームAT-rich配列(PATTR)内にあり、ヘアピンもしくは十字架型構造をとることが減数分裂時の2重鎖DNA切断をおこし、11q23と22q11間の組み換えがおこり、その結果この反復性の染色体転座が発生します(Kurahashi et al., 2000a,b, 2004; Kurahashi and Emanuel, 2001)。
 
 
 2004年に「chromosome 22 Centaral」オンライン支援グループの創設メンバーたちがはたらきかけて、OMIMデータベースにエマヌエル症候群を追加登録してもらいました。これより前は、子供たちの疾患に対する名前がバラバラで(例えば、22番過剰派生染色体と11q部分トリソミー)、そのせいで両親はオンラインでの支援情報を見つけることができないという心配がありました。「エマヌエル症候群」という名前は両親達によって推薦されたのですが、エマニュエル博士の細胞遺伝学的業績と転座切断点の分子的解明によってだけではなく、彼女が継続的に支援グループと関わってきたことにちなみます。
 
 
エマヌエル症候群は、これまでに100人以上報告されてきました(Biederman et al., 1980; Fraccaro et al., 1980; Zackai and Emanuel, 1980; Pihko et al., 1981; Schinzel et al., 1981; Iselius et al.,1983; Lin et al., 1986)。しかし、最も最近の大規模の症例報告は、25年前に公開されたものです(Iselius et al., 1983)。エマヌエル症候群に高頻度で関係する特徴的な形成異常や先天性疾患はよく記述されていますが、自然歴の情報は少なく、予後に関する情報や心配事のガイダンスに利用するのは困難です。本研究は、過去の文献的にも最大数のエマヌエル症候群の患者を集めたデータの報告、ということになります。
 
妊娠や周産期の問題点はこれまでは指摘されていませんでした。全体的には妊娠合併症の頻度は低く(19%)、未熟児も頻度は低かったです。子宮内胎児発育遅延が最も頻度の高い合併症で(24%)、出生体重の平均は正常下限です。このデータは、驚くことではありませんが、本疾患の発育遅延は出生前にすでに始まっている、ということです。妊娠中の超音波検査の異常は16%しか報告されていませんが、本症候群の先天異常が高率であることを考えると驚くべきことです。わたしたちの研究の対象者の多くが青年や成人であることを考慮すれば、このデータは以前は超音波検査の技術が今より悪かったことを反映していると思われます。しかしまた、通常の出生前の超音波検査ではエマヌエル症候群をみつけることはできないということを意味し、出生前診断を希望する転座保因者の両親は、さらに侵襲的な絨毛検査や羊水検査を必要とすることになります。
 
 
エマヌエル症候群に関係する先天異常はよく報告されてきました。本研究で、親によって最も高頻度に報告された先天異常を表2に列記しました。心疾患は57%で記録され、最も頻度の高い病態は、心房中隔欠損、心室中隔欠損、そして動脈間開存でした。これは、62%が先天性心疾患を持ち、心房中隔欠損、心室中隔欠損、動脈間開存が頻度の高い3つである、としているLin et al.(1986)による文献のまとめの結果とよく似ています。心房中隔欠損と心室中隔欠損の頻度は、単発性のものと、さらに重篤な先天性心疾患と合併したものとの両方を含んでいます(Lin et al.,1986; 本研究)。本研究で記録された他の心疾患は、大動脈縮窄、肺動脈狭窄、総肺静脈還流異常でした。ファロー四徴症、総動脈幹、大血管転位、三尖弁閉鎖などは過去に報告されていますが、本研究ではありませんでした(Giraud et al., 1975; Pangalos et al., 1980; Lin et al., 1986)。先天性心疾患の患者の大多数は、本研究でも過去の報告でも、非チアノーゼ性の疾患です。本研究ではまた、口蓋裂(本研究で54%、Fraccaro et al., 1980で53%)や、鎖肛(本研究で14%、Fraccaro et al., 1980で13%)の頻度も確認できました。腎奇形は過去最大の研究で19%におこるとされていますが(Fraccaro et al., 1980)、わたしたちの患者集団では36%でした。この増加は、画像診断の技術が向上したためと思われます。わたしたちの研究で親に報告された先天異常で、過去に報告のないものでは、幽門狭窄症と後鼻腔閉鎖(表2)があります。腸回転異常は8%でしたが、これは過去の文献では1度しか報告されていません(Prieto et al., 2007)。
 
 
エマヌエル症候群の患者に見られる脳の構造異常の頻度は、これまで系統的に調べられていないため不明です。Pallotta et al.(1996)は、エマヌエル症候群で報告されている中枢神経系の異常をまとめていますが、30%の患者がなんらかの中枢神経系の異常を持っていると報告しています。彼らは最も頻度の高い異常は、無嗅脳症、ダンディーウォーカー奇形、脳梁・橋・小脳虫部低形成、第3・第4脳室拡張、三角頭蓋などの、正中線上の発生上にかかわる異常だとしています。わたしたちの研究ではエマヌエル症候群の中枢神経異常に関しては結論は出ませんでしたが、それは、わたしたちの研究が親の報告に基づいたものであり、医療情報に基づいたものではないからだと思われます。回答者の65%は子供がなんらかの脳の画像診断を受けたと記載していますが、たいていはその結果の詳細を知らされていません。わたしたちの研究で最も頻度の高かったのは脳室拡大、萎縮、白質の異常、脳梁の低形成(表4)でした。小頭症はわたしたちの患者では23%のみに記録されていますが、他の文献ではエマヌエル症候群の患者の100%がそうであるといっています(Medne et al., 2007)。これは、わたしたちの研究の対象集団の親が、小頭症をあまり記載していないことを意味しています。
 
 
エマヌエル症候群の患者でみられる奇形は、キャットアイ症候群でみられるものとオーバーラップします。この疾患は22番染色体の短腕から長腕の近位部にかけての部分を過剰に持つ点で共通しています。キャットアイ症候群では両側に付随体を持った22番染色体を過剰マーカー染色体として持っており(idic(22)(pter→q11.2::q11.2→pter) )、22番染色体の部分テトラソミーとなっています(McDermid et al., 1986)。両症候群では共通して高頻度に耳前の小孔や小突起、直腸肛門奇形、先天性心疾患がみられます(Rosias et al., 2001)。しかし、キャットアイ症候群の主症状である虹彩欠損はエマヌエル症候群ではみられません。エマヌエル症候群とは違って、キャットアイ症候群の患者の大多数は知的障害が軽度か、もしくは全くありません(Rosias et al., 2001)。この相違点の最もわかりやすい理由は、エマヌエル症候群の患者には部分11qトリソミーがあるからということです。実際、報告されている11q単独のトリソミーの症例は、たいてい重篤な知的障害と運動障害を持っています(Pihko et al., 1981; Zhao et al., 2003)。加えて、エマヌエル症候群で報告されている先天異常の一部は11qトリソミーでも報告されています。例えば、先天性横隔膜ヘルニア、股関節異形成、口蓋裂、心臓や腎臓の奇形、脳の構造異常などです(Pihko et al., 1981; Zhao et al., 2003; Klassens et al., 2006)。さらに、エマヌエル症候群、キャットアイ症候群、11qトリソミーの患者の不均衡部位のゲノム研究が、共通する異常の原因となる遺伝子を同定するのに有用であろう。
 
 
エマヌエル症候群の患者の特異顔貌は、乳児や幼児に関しては詳しく報告されていましたが、この顔貌が加齢とともにどう変化するのかに関する情報は限られていました。Medne et al. (2007)では、エマヌエル症候群の患者の顔貌の特徴は年齢とともに粗野になってくるといっています。本研究に参加してくださった患者さんから得た写真からは、だんだん顔貌が粗野になってくるという特徴はありません。エマヌエル症候群の患者の顔は年とともに長くなってきて、小下顎は目立たなくなってきます(図2)。エマヌエル症候群の患者ごとに顔貌の特徴は大きく違います。最も頻度の高い顔貌の特徴は、はれぼったい瞼、くぼんだ眼、眼裂斜上、低く垂れた鼻柱、顔貌非対称、そして耳奇形でした。参加者の耳奇形に関しては、得られた写真がちょうどよい方向から撮られていなかったので、これ以上の細かい情報は得られませんでした。小児期には、くぼんだ眼と長い人中と小下顎が全員とまではいきませんが、数多くに見られました。
 
 
わたしたちの患者の50%は13才以上であったため、エマヌエル症候群の自然歴に関する有用な情報を得ることができました。わたしたちのエマヌエル症候群の患者で最も高頻度に見られた医療上の問題を表3にまとめました。これらの大部分は、たぶん論文として報告されていた年長児や成人患者の数が少なかったために、以前には知られていなかったり、少なく見積もられていたものです。最も疾患と関係する臨床的所見は、高頻度(72%)の聴力障害です。聴力障害の程度は大多数では軽度から中等度です。わたしたちのアンケートでは、感音性難聴か伝音性難聴かの区別はつきませんでした。しかし、これらの患者では中耳炎を繰り返したり、鼓膜切開やチューブ挿入歴が高頻度にあり、おそらく伝音性難聴が大きく影響している因子でしょう。同様に、視力障害も文献ではあまり報告されていませんでした。わたしたちの研究では、患者の少なくとも1/3に視力障害があり、近視と斜視が最も多く記録されました。これまでの症例報告ではけいれんはエマヌエル症候群の特徴とはされていませんでした。わたしたちのデータではけいれんの頻度は高かったですが(48%)、残念ながらすべての症例でけいれんの型は知ることができなかったので、この数字は熱性けいれんからその他のあらゆる型のけいれんをすべて含みます。胃食道逆流、嚥下障害、慢性便秘などの消化管の症状は重度の発達障害の患者に頻度が高かったです。よって、回答者の半分以上が、これらの症状を、患児が現在もかかえている問題としていることも驚くべきことではありません。わたしたちの研究の多くの患者(少なくとも20%)が、現在までのある時期に胃チューブを必要としていました。発育不良は新生児期から幼児期に共通する問題点です。新生児期には筋緊張低下や心奇形、消化管奇形による哺乳力低下が最も可能性の高い原因です。哺乳の問題以外では、大きくなるにつれ、感染症を繰り返すことが体重増加不良の原因のひとつとなってきます。慢性や反復性の中耳炎はわたしたちの患者ではとくに頻度が高かったです(96%)。エマヌエル症候群の児で免疫グロブリンの低値が報告されています(Tovo et al., 1986)。わたしたちの回答者の19%が免疫グロブリンの低値、9%が免疫グロブリン補充療法を受けて効果があった、と回答しています。しかし、エマヌエル症候群の児への免疫グロブリン補充療法の是非に関しては、まだ症例数が少ないため結論は出ていません。
 
 
文献から推定すると、エマヌエル症候群の患者の100%が全体的な発達遅延と知的障害を持っています。わたしたちは親に各年齢での発達の指標を獲得したかどうかや、現在何ができるのかを訊くことで、障害の程度をさらに正確に調べ、平均的な発達の軌跡を知ることができました(表5)。ほとんどの子供は自分で歩き回ることができませんが、70%以上の患者は最終的には補助があれば歩くことができます。この能力は過去の文献ではほとんど見過ごされています。言葉の表出は非常に障害されていて、初歩的な会話が獲得できたのはわずか20%でした。しかし、わたしたちの研究では、言葉を理解することの障害の方が程度が軽かったです(少なくとも親の観点では)。これは以前にもいわれていたことですが(Medne et al., 2007)、逸話的ではあります。
 
 
本研究には、2つの重要な問題点があります。アンケート調査は一般的に記憶や報告の偏りの影響をうけやすい、ということがあります。親から得た、子供の過去の医療上の情報の正確さは、子供の年齢、子供がまだ生きているかどうか、親が記録をつけているかどうか、子供が必要とした医療の複雑さ、親の教育や社会経済的状況などの多くの因子に依存して変化します。わたしたちは、患者の診療記録を収集していませんから、両親から得た情報が正しいかどうかを証明する方法がありません。そのかわりに、わたしたちはアンケートを簡単な言葉で書き、「はい」か「いいえ」で答えられる質問にし、それ以上の医療に関する知識の必要がほとんどなくても答えられるようにデザインしました。また、本研究の結果は、対象者の偏りによる影響をうけているかもしれません。というのは、募集したのはオンライン支援グループに所属している親や保護者に限定されています。より重篤な症状の児の親ほどこのような支援を探している可能性があります。これにより、わたしたちの結果が、より予後の悪い方に偏っているかもしれません。一方、本研究の参加者の大部分は、まだ生存しているエマヌエル症候群の児を持つ人たちで、早い時期に亡くなってしまった児の親は参加していないかもしれません。すなわち、わたしたちの研究は、生命にかかわるような重篤な先天異常の少ない、長期生存例を中心におこなわれているのかもしれません。
 
 
わたしたちの研究はエマヌエル症候群の患者が今心配しなければならないいくつかの健康上の問題点を見いだしました。視力・聴力障害とけいれんの可能性を発見しましたが、それは前にいいました。発育障害は消化管の問題に特に注意を払うことと、感染症の治療をすすめることで改善します。感染症を繰り返す児は免疫学の専門家による評価で何かわかるかもしれません。本研究で、少なくとも一部の児は限られてはいますがコミュニケーションがとれ、歩き回ることが可能であることがわかりました。従って、言語や運動療法が、最善の発達を促したり生活の質を向上させるために非常に重要です。
 
 
本研究で乳児から33才までの63人のエマヌエル症候群患者の臨床的特徴と長期的予後をまとめました。この調査で得られた情報は、t(11;22)転座保因者が子供を作ることを考えたときの決定や、このまれな疾患の子供や成人患者の健康の世話をしている人にとって非常に有用です。最も重要なことは、新たにエマヌエル症候群の子供が生まれた親が、正しい診断を受け、最新の予後に関する情報を得て、このまれな疾患の子供の親となることへの心配を和らげることができるかもしれない、ということです。
 
<考察>
2009/10/27