研究内容
基礎研究内容
「高次脳機能制御機構の解析および精神疾患の分子基盤の解明」をテーマに基礎研究を行っています。知識・情動・意思といった精神活動はヒトが生きていく過程で欠かすことのできない脳機能であり、これらのバランスにより多様な個性が生み出されます。これらの脳機能について特有の神経核が同定され、神経回路についての知見も次第に蓄積されてきました。一方、細胞は内外の環境を絶妙に感知および制御することによって自身のシステムを破綻することなく維持しており、その感知・制御の代表的な機構がタンパク質のリン酸化などを介したシグナル伝達です。細胞内では、様々なシグナル伝達を担う分子が神経の興奮性や可塑性に関与し、脳機能を制御することも次第に明らかになってきましたが、未だ解明されていない点が多く存在します。私たちの教室は、行動薬理学の実験手法を用いて脳の高次機能を解析や、精神疾患の発症メカニズムを分子から細胞、回路、そして個体に至るまで多階層レベルで研究しています。
主要研究テーマ
(1) 薬物依存症に関する研究
(2) 胎児性アルコール症候群の病態解明
(3) 精神疾患の分子病態と治療薬の開発に関する研究
(1) 薬物依存症に関する研究
研究紹介「依存症のない未来へ 〜若き研究者たちの挑戦〜」
薬物依存症は生活や身体への悪影響を認識しているにもかかわらず、快感を体験するために薬物の摂取を強迫的に欲求し摂取し続けてしまう精神疾患です。最新の医学をもってしても薬物依存症の再発を防ぐことはできないために、依存症患者の数も年々増加している状況です。薬物依存症のメカニズムの解明と薬物依存症の治療薬の開発が喫緊の課題となっています。コカインや覚醒剤などの依存性薬物は脳内報酬系の中心である側坐核で細胞外ドーパミン量を増大させ、ドーパミンD1受容体(D1R)を発現する中型有棘神経細胞の細胞興奮性やシナプス可塑性を高めます。私たちは貝淵弘三教授(藤田医科大学)のグループと共同して新たな包括的リン酸化プロテオミクス法を開発し、これまで不明であった細胞興奮性やシナプス可塑性制御の分子機序として、D1R-PKA-Rap1(低分子量Gタンパク質)-MAPK-K+チャネル経路が細胞興奮性に、MAPK-Npas4(転写因子)経路がシナプス可塑性に重要であることを見出しました(Neuron 2016; Cell Rep 2019)。現在は、「快感の記憶がどのように脳内で作られるのか?」、「薬物による快感の記憶を制御することにより薬物依存症を治療することは可能なのか?」について研究を行っています。
(2) 胎児性アルコール症候群の病態解明
妊娠中の母親の飲酒は、胎児の脳発達に悪影響を及ぼし成体期まで恒久的な脳障害を引き起こすことが報告されています。これらは胎児性アルコールスペクトラム障害 (FASD)と総称され、学習障害、注意欠陥障害、認知・行動障害などの症状が生涯にわたり続くことが知られています。しかし、FASDの発症機序は未だ不明であり有効な治療法がありません。私たちはFASDのモデルマウスを作製して、どのようなメカニズムで脳障害が引き起こされるのかを調べています。
胎児性アルコール症候群の病態解明
(3) 精神疾患の分子病態と治療薬の開発に関する研究
統合失調症は、幻覚妄想などの陽性症状、会話や表情の乏しさ、意欲の欠如を特徴とする陰性症状、および記憶・集中力などの認知機能障害を示す精神疾患であり、その有病率は一般人口の約1%であることが示されています。養子研究や双生児研究などの遺伝疫学的研究から、統合失調症の発症には多因子の遺伝要因と、母体ウイルス感染などの周産期のイベントによる環境要因が深く関与していることが示唆されています。統合失調症発症に関わる環境因子(Glia 2013; Brain Behav Immun 2014)や遺伝因子(Hum Mol Genet 2011; Transl Psychiatry. 2020)に基づいた動物モデルの解析を行い、神経発達・機能の制御に重要な分子を明らかにしました。近年では、双極性障害などの精神疾患についても解析を進めています。