1)はじめに |
現代はストレスの時代と言われています。近年のストレス増加に伴い、気分障害、特にうつ病発症の頻度は増加しています。とりわけ、1998年以降、自殺者が急増し、3万人の方が自ら命を絶っている状況は、うつ病との関連が強く推測され、その対策は急務であると言えます。 また、気分障害は、生活の質(Quality of Life: QOL)を大きく損ない、WHOが報告する2009年の本邦での障害調整生命年(DALY)の第一位に挙げられています。政府も、がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病の四大疾病と呼ばれていた疾患に加え、気分障害をはじめとする精神疾患も重点的に対策を講じる方針を打ち出しました。 しかし、現時点で気分障害を発症させるメカニズムはほとんどわかっていません。脳内のセロトニンなど、神経伝達物質系に作用する抗うつ薬が開発•使用され、ある程度の効果は認められていますが、その再発率の多さを考えると、治療効果は充分であるとは言えません。従って、発症のリスクとなりうるメカニズムを同定し、それに基づく診断•治療、予防法を速やかに同定し、より有効性の高い方法を新規開発することが必要不可欠です。 |
2)本研究の目的と方法 |
前述のように、本研究の目的は、気分障害発症を誘発するメカニズムを同定することにあります。我々の研究では、遺伝要因と環境要因の双方を検討することにより、この目的を達成しようとするものです。 気分障害には、大きく分けて2つのカテゴリーがあります。それぞれに対してのアプローチが異なるため、以下、各々について説明します。 |
2−1)双極性障害(躁鬱病) |
双極性障害は、人口の1〜数%の方が罹患している疾患であり、気分の波(高揚と抑うつ)を繰り返す症状を呈します。この疾患の発症は、遺伝要因注1が比較的高いと推察されており、本研究においては、遺伝子解析をまず行うことで、そのメカニズム解明を目指します。遺伝子解析は、まず個人のゲノム注2上に存在する多くの一塩基多型注3を決定します。そして、その頻度を計算し、双極性障害の方の頻度と、罹患されていない方の頻度を比較することで、関連性を検討していきます。このような方法を全ゲノム関連研究と言います。 |
2−2)うつ病 |
もう一つのカテゴリーとして、うつ病が挙げられます。うつ病は、双極性障害と異なり、遺伝要因に加え、環境要因も強く発症に影響すると推察されています。そして、この遺伝要因と環境要因は複雑に絡み合って発症リスクとなると考えられます(遺伝環境相互作用と呼ばれます)。 本研究では、特に職場におけるストレスや、日常に起こるストレスなどのチェックをしながら(環境要因の計測)、前述の全ゲノム関連研究を同時に行うことで、遺伝環境相互作用を同定することを目指します。 |
3)皆様へのお願い |
我々は、遺伝要因と環境要因を加味することで、気分障害(双極性障害とうつ病)の発症リスクを同定し、将来の診断、治療、予防法を開発することを目的としています。そのためには、より多くの方にご協力を頂き、研究に参画して頂きたいと考えております。その理由は、参画される方の数が多ければ多いほど、正確な解析が可能となり、発症リスク同定に対して大きく貢献します。本研究は、文部科学省が推進する脳化学研究戦略推進プログラム(SRPBS)の受託研究の一環として実施されています。 |
注 |
気分障害の遺伝要因は、いわゆるメンデル型遺伝形式(常染色体優性遺伝や劣性遺伝など)をとるものではありません。しかし、その家族集積性の高さなどから、環境要因とともに、遺伝子の関与が推定されています。しかし、個々の遺伝子が関与するリスクは非常に小さく、その原因となる多型を持っていても、1.2倍(あるいはそれ以下)疾患にかかりやすい程度とされます。このような小さいリスクを同定するためには、非常に多くのサンプル数が必要であるとされます。このリスクを同定したとしても、診断(病前診断を含む)などに利用することは出来ません。なぜなら、障害にわたり、疾患にかからない方も、同じ多型を持つことが多いからです。しかし、そのリスクから、新しい薬物の開発など、治療に関わるブレークスルーを創出することが期待されます。 生物の持つ遺伝子全体を表す。その本体は、DNAと言われる分子であり、機能を発揮するタンパク質をコードする情報が含まれる。 遺伝情報は塩基と呼ばれる4種類の化学物質の配列で記録されているが、突然変異が生じた結果、集団の1%以上の頻度で見られる塩基の置換。 |
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