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Research [English]
私たちヒトを含む真核生物では、遺伝子から転写されたmRNA前駆体は、ほとんどの場合イントロンと呼ばれ
る配列によってずたずたに分断されています。mRNAが蛋白質合成の情報テープですので、数多くのイントロンに分断されたエクソンを正しく認識しそれらを
正確に結合させるスプライシングは、遺伝子発現における必須過程です。高等生物ではイントロンは大きく、数も増えるので、そのスプライシングは複雑を極め
ます。しかし、それは選択的スプライシングの組み合わせを飛躍的に増加させるのに功を奏しているのです。高々2万5百個程度のヒトの遺伝子から、最低限に
見積もっても12万種の蛋白質が生み出され、高度な生命機能を演出している原理がそこにあります。最新の解析によると、ヒト遺伝子の9割以上が選択的スプ
ライシングされ、その内6割が組織特異的な調節を受けているようです。
一方、複雑化されたスプライシング系は、危険と表裏一体なのです。厳密に制御されるからこそ高次な生命現象を演出できるわけで、それがひとたび破綻すれ
ば深刻な結果となります。異常なスプライシングやスプライシングの制御不全によって、細胞機能に重大な影響を及ぼし、さまざまな難病や癌をひき起こしてい
ることは明白な事実です。遺伝子発現機構学研究部門では、スプライシングの分野で未解決の基礎的問題に挑戦的に取り組む一方、難治疾患の原因となっている
スプライシング異常に焦点を当てた研究も意欲的に進めています。
大多数の老人性アルツハイマー病は、4つの関連遺伝子に突然変異が認められない孤発性アルツハイマー病で す。ところが、関連遺伝子の1つであるプレセニリン-2 (PS2)遺伝子産物で、エクソン5が抜けてしまっている異常なmRNAが、孤発性アルツハイマー病患者において高頻度で観察されました。さらに患者脳で はこの異常スプライシングの蛋白質産物PS2Vが蓄積し、神経細胞死を引き起こす危険要因の一つとなっているのです。私たちは、非ヒストンDNA結合蛋白 質であり、癌遺伝子産物としてよく知られていたHMGA1a蛋白質が、PS2のmRNA前駆体に結合して、この異常スプライシングをひき起こしていること を見いだし、その分子機構の解明に成功しました [Manabe et al., 1993; Manabe/Ohe et al., 1997; Ohe & Mayeda, 2010]。それは、本来5' スプライス部位の認識に必須なU1 snRNPが、HMGA1aとの結合を介して5' スプライス部位と不可逆的結合を起こし、その結果、エクソン5が正しく認識されなくなるのが原因でした。興味深いことに、U1 snRNPの異常結合を介した類似の機構が酵母からヒトに至るまで、いくつかの生物種で見いだされ、遺伝子発現制御の戦略として見事に機能しています。こ れらの制御の最終的な表現系は実に多様であり、しかも医学的・生理学的に重要な意味をもっています [Ohe & Mayeda, 2010; 前田ら,2010]。HMGA1a蛋白質をコードするHMGA1遺伝子は癌遺伝子としてよく知られ、癌細胞で高い発現を示し、またその遺伝子の過剰発現で 細胞が癌化することが知られています。従って、癌細胞で頻繁に観察される異常スプライシングにHMGA1蛋白質が関与している可能性があり、現在 HMGA1a蛋白質の標的遺伝子を探索しています。
統合失調症は、100人に1人という高い罹患率にも関わらず、その発症機構は遺伝的素因と環境要因が複雑に
からみ、未だに明らかではありません。興味深いことに、精神疾患や神経変性疾患の患者の脳内では、種々の遺伝子のスプライシング異常が報告されています。
私たちは、名古屋大学医学部・尾崎紀夫教授の研究室より提供していただけた統合失調症患者のリンパ球芽球培養細胞株を用いて、統合失調症にかかわる異常ス
プライシングについて研究を行っています。
上記で説明した異常PS2V蛋白質産物が、統合失調症患者の脳で検出されたという報告があるので、PS2Vの誘導因子であるHMGA1aの発現を統合失調症患者のリンパ球芽球細胞で調べてみました。案の定、その核分画で有意なHMGA1a
mRNAの発現上昇が見られ、HMGA1a蛋白質も増加していました [Morikawa/Manabe et al.,
2010]。オリゴデンドロサイトの分化・発達異常は統合失調症の危険要因であり、患者で見られるオリゴデンドロサイト分化・髄鞘形成異常にかかわるスプライシング異常にHMGA1a蛋白質が関わっている可能性があるのです。
選択的スプライシングの基本様式は5種類
(選択的5’スプライス部位、選択的3’スプライス部位、エクソン包含/除外、相互排他的エクソン、イントロン保持)
に分類できますが、実際にはそれらが複合された様式も数多く存在します。たとえば、巨大な複数のイントロンを挟んで大きく離れたエクソン内部の選択的な
5’および3’スプライス部位が使われる場合があります。その選択的スプライス部位の間に存在する多くの真のスプライス部位が、スプライシング過程でどう
して無視されるのでしょうか? この素朴な疑問に、画期的な答えが与えられようとしています。
私たちは、癌細胞でこの様式によって異常スプライシングされる遺伝子を見いだしました。それは、エクソン2とエクソン9の中に存在する選択的5'と3'
スプライス部位が使われ、6つのエクソンとその間の7つのイントロンを含む長い領域間の異常なスプライシングが起きています [亀山・前田,
2010]。通常、選択的スプライス部位は弱く、強い真のスプライス部位が突然変異によってつぶされた場合に限って使われます。この遺伝子において、最も
自然に複数の真のスプライス部位が除ける可能性は、エクソン2とエクソン9の間の正常スプライシングが事前に起こってしまうことです。最近、この魅力的な
仮説 『成熟mRNAの再スプライシング』 を支持する実験的事実を得ることができました [Kameyama & Mayeda, 投稿中]。
癌細胞で成熟mRNAの再スプライシングが起きるという事実は重要です。なぜなら、正常細胞では一旦スプライシングされたmRNAはそれ以上のスプライ
シングを受けないように抑制する機構が存在するということを示唆しているからです。蛋白質翻訳の鋳型として正確なmRNAを作る品質管理機構を知る上で、
細胞核はスプライシングの終了をどうして知るか、という問題は未解決です。私たちが発見した遺伝子での現象は、その問題解決のためのモデル系になると期待
できるのです。
原生動物にはイントロンが極端に短い生物種がいます
(例えば、ヨツヒメゾウリムシ:20–33塩基、平均25塩基)。高等真核生物のイントロンはずっと長いのですが、とりわけヒトではきわだって長いのです
(43–450万塩基、平均5430塩基)。不思議なことに、原生動物の極端に短いイントロン (微小イントロン)
であっても、高等真核生物のイントロンの特徴である末端の2塩基 (GT-AG)
はしっかりと保存されています。高等真核生物のスプライシングには、スプライソソームと呼ばれる巨大な複合体 (ヒトでは約3
MDaの大きさをもち、300種以上の蛋白質を含む)
を必要とします。ところが、ヒトゲノムには¾原生動物の遺物とも考えられる¾50塩基以下の微小イントロンが依然として存在しています。それらは当然スプライシングされるわけですが、その分子機構は謎に包まれています。
もしヒトの微小イントロンが既知のスプライソソームでスプライシングされるなら、必須のスプライス配列、すなわち5'
スプライス部位、ブランチ部位、3' スプライス部位は、それぞれ必須因子である、U1 snRNP (~247 kDa)、U2 snRNP
(~1850 kDa)、U2AF65/U2AF35 (~82 kDa)
が反応初期のA複合体において結合しなければなりません。しかし、微小イントロンでは、それらの分子量から物理的に結合する余地がまったくなさそうです。
スプライシングに必須な信号配列はどのようにして認識されているのでしょうか? はたして真核生物すべてに共通のスプライシング機構という想定は正しいの
でしょうか? それらの必須因子に依存しない新しいスプライシング機構が、ひょっとしてあるのではないでしょうか?
私たちは、ヒトゲノムの注釈つきデータベース (H-InvDB) を用い、ヒトの微小イントロン候補を選び出し、さらに in vivo
でそのスプライシングを確認することによって、43–56塩基長の真の微小イントロンを同定しました。それらのイントロンはSpliceostatin
Aでスプライシングが阻害されたことから、U2
snRNPの構成蛋白質の一つであるSF3bが微小イントロンのスプライシングに必要であることがわかりました。今、スプライシング必須因子であるU
snRNPsやU2AF65/U2AF35、SR蛋白質などが微小イントロンのスプライシングに必要であるかどうかを検証しています。さらに、これらヒト
でのスプライシング必須因子が、微小イントロンしか存在しない原生動物にどの程度保存され、実際にどの程度機能しているかについても調べています。