昨年に発表した研究成果に対する補足記事が米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されました。
解説記事「Warren et al. と Shay et al. のコメントに答えて:種を越えた共通性」
これまでの経緯
一昨年の2013年に、マウスはヒト炎症性疾患のモデルとしては適切ではないという論文が米国の研究機関を中心とした研究コンソーシアムによって発表されました (参考文献1)。この論文では、感染症や火傷・外傷などの炎症性疾患患者の血液での遺伝子発現変化と、それらに対応する実験的操作を受けたマウスの血液での遺伝子発現変化を比較したところ、この両者の相関が極めて低かったことから、マウスはヒト炎症性疾患のモデルとしては不適切であると結論されました。この報告に疑問を感じた高雄と宮川は、コンソーシアムの論文で使用されているのと同じ遺伝子発現データを独自に再解析しました。その結果、ヒトの炎症性疾患における遺伝子発現変化とそのマウスモデルにおける遺伝子発現変化との間には非常に高い共通性があることが分かりました。この結果は、コンソーシアムの論文の結論とは逆に、マウスがヒト炎症性疾患のモデルとなることを示唆しています (参考文献2)。この詳細については以前のプレスリリース (注1) をご参照下さい。高雄と宮川が出した再解析の結果を受けて、この2つの論文を掲載した米国科学アカデミー紀要に2通のレター (参考文献3, 4) が掲載されました。1つめのレターは最初のコンソーシアムによる論文の著者のうちの1人である Warren らによるもので、我々の論文に対する反論でした。もう1つは、マウスを使って研究を行っている別の研究グループ (Shay ら) から発表されたものです。Shayらは、我々が使用したのと同じデータを独自に解析しており、その結果は、コンソーシアムの結論ではなく我々の結論を強く支持するものでした。それとは別にこの種の解析におけるいくつかの問題点を指摘しています。今回、その2通のレターに対する我々のコメントをまとめ、米国科学アカデミー紀要に発表したのでここに解説をします。
Warren らのレター 〜ヒトとマウスは異なる〜
最初の論文の著者のうちの1人である Warren らによって、以下のよう指摘がなされました (参考文献3):
1) 高雄と宮川の解析の結果によると、ヒトの火傷で発現が変化した遺伝子の数は13,586個、マウスの感染モデルで発現が変化した遺伝子の数は3,116個で、そのうち両者で共通している遺伝子の数は1,992個、さらにその中で発現変化の方向がヒトとマウスで一致しているものは1,608個となっている。この結果に基づいてこの炎症状態の下ではヒトとマウスで遺伝子発現変化のパターンが非常に似ていると結論づけている。しかしこの解析結果でも、ヒトとマウスとで発現変化の方向が一致している遺伝子は、ヒト炎症性疾患で変化した遺伝子のうちのおよそ12%に過ぎない (1,608/13,586 = 0.118)。ヒトの遺伝子発現変化の9割近くを反映しないようなマウスは疾患研究のモデルとして役に立たないだろう。
2) 高雄と宮川は、あらかじめ解析対象とする遺伝子を限定して解析を行っており、これはゲノムワイドの網羅的な遺伝子発現解析とは言い難い。
3) 高雄と宮川が提示した、ヒトとマウスで共通して変化しているパスウェイ•バイオグループは漠然とした生物学的現象を示しており、治療薬開発の際のターゲット分子の選定には有用ではない。
4) 高雄と宮川は、ヒトでの病態を理解するために、ヒトとマウスで共通して変化している部分に着目して解析を行っている。これは例えるなら、ステーションワゴンを研究しようとしたときにオートバイを解析するようなもので、その場合スパークプラグやタイヤなど共通する部品については理解できるかもしれないが、ハンドルやエアバッグ、サンルーフなどオートバイにはないものについては知ることができない。同様にマウスモデルを使って解析をしてもヒトに特有のものについては知ることができない。
Warrenらに対する返答
今回我々が発表したレターでこれらのコメントにそれぞれ回答を行いました (参考文献5)。
12%は小さいか?大きいか?
1) で指摘された通り、ヒトの火傷で発現が変化した遺伝子の総数から考えるとヒトとマウスで共通して発現が変化している遺伝子はその12%程度に過ぎません。しかし、現代の科学をもってしても、炎症のような複雑な生物学的現象についてはその全体像の12%も理解できていないのが現状です。そうであればヒトとマウスで共通して発現変化する1,608個の遺伝子は決して少ないということはなく、ヒト炎症性疾患における遺伝子発現変化の12%を反映するマウスモデルは炎症という現象を理解する上で非常に有用であると考えられます。
解析対象とする遺伝子の絞り込み
2) の我々が使用した方法は網羅的な解析ではないのではないかという指摘について答えます。今回の解析に用いたデータでは、マウスにおける遺伝子の発現変化の大きさ(対照群と比較したときの変化倍率)はヒトのそれと比べると小さいので、解析対象とする遺伝子を絞り込む際にヒトとマウスで同じ変化倍率を閾値として適用することは、その後の解析に偏りを生じさせます。従って、ヒトでの遺伝子の絞り込みにはマウスでの場合より大きい変化倍率を閾値としています。我々は、このような基準で選別された遺伝子群を、ヒトとマウスで逆方向に発現変化しいている遺伝子も含めて running Fisher アルゴリズムという統計手法で解析し、両者の遺伝子発現変化のパターンがどれだけ類似しているかを評価しています。つまり、我々の解析手法では、恣意的に選んだ遺伝子群を比較しているというわけではなく、一定の基準で絞り込んだ遺伝子群についてバイアスのない解析法で解析しており、本質的には網羅的な解析と変わらないものです。
ヒト疾患とマウスモデルで共通して変化しているバイオグループ
3) のヒトとマウスで共通して変化しているバイオグループは漠然としすぎていて治療薬開発の際のターゲット分子の選定には有用ではないという点ですが、これは彼らの指摘通り、我々は広い範囲の生物学的現象を示すようなバイオグループを例として提示していました (例えば、“innate immune response” や “Lymphocyte differentiation” など)。しかし実際には他にも多くのバイオグループやパスウェイがヒトとマウスで共通して変化しているというデータが得られており、それらはデータセットS1として論文に添付されています。特に治療薬開発のターゲットになりそうなバイオグループ・パスウェイを例として挙げれば “PDGFR-β signaling pathway” や “Fc γ R-mediated phagocytosis” などがあります。
重要な部分は共通している
4) ではヒトとマウスをステーションワゴンとオートバイに喩えて、最新のステーションワゴンの研究をするのにオートバイを解析しても、ハンドルやエアバッグ、サンルーフなどオートバイにはないものについては知ることができないというコメントをしています。確かにステーションワゴンとオートバイという喩えは非常に分かりやすいかもしれません。車のセールスマンとしてはおそらく最新の設備が一番重要なポイントでしょう。しかし、乗物としての機能を考えた時、タイヤやスパークプラグなどのステーションワゴンとバイクで共通しているような基本的な部品こそ重要であって、それらの部品に問題があれば最も本質的な機能(走行すること)が損なわれてしまうことになります。同じように、ヒト疾患の本質的な部分はヒトとマウスで共通している部分にあるのではないかと我々は考えています。
Shayらのレター 〜ヒトとマウスは似ている。しかしデータに問題あり。〜
もう1通はマウスを使って研究を行っている別の研究グループ (Shay ら) から発表されたものです。彼らは我々とは独立にデータの解析も行っており、その結果は我々の報告を強く支持するものでした。おおむね我々の結論には賛同してくれていますが、解析に用いたヒト疾患のデータについていくつかの問題点を指摘しました:
5) 使用されたヒト疾患のデータセットでは、患者群と健常者群で実験条件や遺伝的背景の統制といったマッチングがなされていない。また患者群においては、炎症が起こってからの経過時間や治療の影響なども考慮されていない。
6) 複数の疾患の解析において同一の健常者サンプルがコントロールとして使用されており、これによって結果に偏り (shared dominant artifact) が出ている可能性がある。
7) ヒトとマウスでは白血球の種類によって血中での存在比が異なるため(ヒトでは好中球が、マウスではリンパ球が多い)、全血サンプルの遺伝子発現を解析している今回のデータは、ヒトとマウスの比較には不向きである。
Shayらに対する返答
これら解析対象となったデータの問題点に関するコメントについてもそれぞれ回答を行いました (参考文献5)。
データマッチングの最適化
まず、5) で指摘されたサンプルのマッチングが最適化されていないという点です。確かに解析に用いられたヒトのデータはモデルマウスの妥当性を正確に評価するにあたって最適とは言えないものでした。サンプル採取の条件、データ取得の条件などのマッチングがきちんとされていれば、ヒト疾患とマウスモデルにおける遺伝子発現変化の類似性はより強く検出できたと考えられます。
偏りのあるコントロールサンプルの問題
6) で指摘された shared dominant artifact については我々も同意見です。異なる複数の疾患の患者サンプルの遺伝子発現解析において、同一の健常者サンプルがコントロールとして用いており、しかも、健常者群と患者群の間で体重やBMI (Body Mass Index)、既往歴などのマッチングはなされていませんでした。健常者群に何らかの偏りがあれば、それに起因する差が疾患群の「特徴」として誤って検出されてしまうことになります。このような「特徴」が異なる複数の疾患で共通して検出されることで、ヒトの疾患間の類似性が過大評価されている可能性があります。
ヒトとマウスで異なる細胞種の働きが遺伝子発現に反映されている?
7)では、ヒトの炎症では好中球での反応が、マウスの炎症ではリンパ球での反応が主に遺伝子発現変化に反映されている可能性を指摘しています。そこで我々は、それぞれの細胞種に特異的に発現している遺伝子について、炎症性疾患患者とマウスモデルにおける発現変化を調べてみました (注2)。その結果、好中球特異的に発現している遺伝子の多くはヒト患者でもマウスモデルでも発現が増加しており、一方で、リンパ球特異的に発現している遺伝子の多くはヒト患者でもマウスモデルでも発現が減少していることが分かりました。この結果からは、ヒトの炎症性疾患とマウスモデルの全血サンプルでの遺伝子発現変化が、それぞれ異なる細胞種の反応を反映しているとは言い切れないものでした。
まとめ
ヒトの炎症性疾患とそのマウスモデルで見られる遺伝子の発現変化については、少なくとも統計的に有意な類似性が見られます。ヒトで有意に発現変化している遺伝子のうち5.9〜15.0%がマウスでも同じ方向で有意な発現変化を示しています。この数字は、見る人によっては大きいとも小さいとも捉えられるかもしれませんが、重要なのはこの共通性が炎症性疾患の病態解明や新規治療法の開発にどのような意味を持つかです。Warren らはヒトとマウスをステーションワゴンとオートバイに喩えて、最新のステーションワゴンの研究をするのにオートバイを解析しても意味がないと指摘しました。しかし、乗物としての本質的な機能を考えれば、これらに共通して使用されている基本的な部品こそ重要であることが分かるかと思います。ヒトでの疾患を理解するための重要な鍵も、種の壁を越えて保存されている本質的な部分に潜んでいるのではないかと我々は考えています。
参考文献1
Seok J, et al. (2013) Genomic responses in mouse models poorly mimic human inflammatory diseases. Proc Natl Acad Sci USA 110(9):3507–3512.
参考文献2
Takao K and Miyakawa T (2014) Genomic responses in mouse models greatly mimic human inflammatory diseases. Proc Natl Acad Sci USA doi: 10.1073/pnas.1401965111.
参考文献3
Warren HS, et al. (2014) Mice are not men. Proc Natl Acad Sci USA, doi: 10.1073/pnas.1414857111.
参考文献4
Shay T, Lederer JA, Benoist C (2014) Genomic responses to inflammation in mouse models mimic humans: We concur, but apples to oranges comparisons won’t do. Proc Natl Acad Sci USA, doi: 10.1073/pnas.1416629111.
参考文献5
Takao K, Hagihara H and Miyakawa T, (2014) Reply to Warren et al. and Shay et al.: Commonalities across species do exist and are potentially important. Proc Natl Acad Sci USA doi: 10.1073/pnas.1417369111.
注1
藤田保健衛生大学総合医科学研究所プレスリリース
マウスはやはりヒト炎症性疾患のモデルになる
-バイオインフォマティクス的手法によるマウスモデルの再評価-
URL= http://www.fujita-hu.ac.jp/ICMS/topics/mousemodel/index.html
注2
Changes of neurotrophils specific genes and lymphocytes specific genes in human burn and mouse burn.
https://cbsn.neuroinf.jp/modules/xoonips/detail.php?item_id=29441
一昨年の2013年に、マウスはヒト炎症性疾患のモデルとしては適切ではないという論文が米国の研究機関を中心とした研究コンソーシアムによって発表されました (参考文献1)。この論文では、感染症や火傷・外傷などの炎症性疾患患者の血液での遺伝子発現変化と、それらに対応する実験的操作を受けたマウスの血液での遺伝子発現変化を比較したところ、この両者の相関が極めて低かったことから、マウスはヒト炎症性疾患のモデルとしては不適切であると結論されました。この報告に疑問を感じた高雄と宮川は、コンソーシアムの論文で使用されているのと同じ遺伝子発現データを独自に再解析しました。その結果、ヒトの炎症性疾患における遺伝子発現変化とそのマウスモデルにおける遺伝子発現変化との間には非常に高い共通性があることが分かりました。この結果は、コンソーシアムの論文の結論とは逆に、マウスがヒト炎症性疾患のモデルとなることを示唆しています (参考文献2)。この詳細については以前のプレスリリース (注1) をご参照下さい。高雄と宮川が出した再解析の結果を受けて、この2つの論文を掲載した米国科学アカデミー紀要に2通のレター (参考文献3, 4) が掲載されました。1つめのレターは最初のコンソーシアムによる論文の著者のうちの1人である Warren らによるもので、我々の論文に対する反論でした。もう1つは、マウスを使って研究を行っている別の研究グループ (Shay ら) から発表されたものです。Shayらは、我々が使用したのと同じデータを独自に解析しており、その結果は、コンソーシアムの結論ではなく我々の結論を強く支持するものでした。それとは別にこの種の解析におけるいくつかの問題点を指摘しています。今回、その2通のレターに対する我々のコメントをまとめ、米国科学アカデミー紀要に発表したのでここに解説をします。
Warren らのレター 〜ヒトとマウスは異なる〜
最初の論文の著者のうちの1人である Warren らによって、以下のよう指摘がなされました (参考文献3):
1) 高雄と宮川の解析の結果によると、ヒトの火傷で発現が変化した遺伝子の数は13,586個、マウスの感染モデルで発現が変化した遺伝子の数は3,116個で、そのうち両者で共通している遺伝子の数は1,992個、さらにその中で発現変化の方向がヒトとマウスで一致しているものは1,608個となっている。この結果に基づいてこの炎症状態の下ではヒトとマウスで遺伝子発現変化のパターンが非常に似ていると結論づけている。しかしこの解析結果でも、ヒトとマウスとで発現変化の方向が一致している遺伝子は、ヒト炎症性疾患で変化した遺伝子のうちのおよそ12%に過ぎない (1,608/13,586 = 0.118)。ヒトの遺伝子発現変化の9割近くを反映しないようなマウスは疾患研究のモデルとして役に立たないだろう。
2) 高雄と宮川は、あらかじめ解析対象とする遺伝子を限定して解析を行っており、これはゲノムワイドの網羅的な遺伝子発現解析とは言い難い。
3) 高雄と宮川が提示した、ヒトとマウスで共通して変化しているパスウェイ•バイオグループは漠然とした生物学的現象を示しており、治療薬開発の際のターゲット分子の選定には有用ではない。
4) 高雄と宮川は、ヒトでの病態を理解するために、ヒトとマウスで共通して変化している部分に着目して解析を行っている。これは例えるなら、ステーションワゴンを研究しようとしたときにオートバイを解析するようなもので、その場合スパークプラグやタイヤなど共通する部品については理解できるかもしれないが、ハンドルやエアバッグ、サンルーフなどオートバイにはないものについては知ることができない。同様にマウスモデルを使って解析をしてもヒトに特有のものについては知ることができない。
Warrenらに対する返答
今回我々が発表したレターでこれらのコメントにそれぞれ回答を行いました (参考文献5)。
12%は小さいか?大きいか?
1) で指摘された通り、ヒトの火傷で発現が変化した遺伝子の総数から考えるとヒトとマウスで共通して発現が変化している遺伝子はその12%程度に過ぎません。しかし、現代の科学をもってしても、炎症のような複雑な生物学的現象についてはその全体像の12%も理解できていないのが現状です。そうであればヒトとマウスで共通して発現変化する1,608個の遺伝子は決して少ないということはなく、ヒト炎症性疾患における遺伝子発現変化の12%を反映するマウスモデルは炎症という現象を理解する上で非常に有用であると考えられます。
解析対象とする遺伝子の絞り込み
2) の我々が使用した方法は網羅的な解析ではないのではないかという指摘について答えます。今回の解析に用いたデータでは、マウスにおける遺伝子の発現変化の大きさ(対照群と比較したときの変化倍率)はヒトのそれと比べると小さいので、解析対象とする遺伝子を絞り込む際にヒトとマウスで同じ変化倍率を閾値として適用することは、その後の解析に偏りを生じさせます。従って、ヒトでの遺伝子の絞り込みにはマウスでの場合より大きい変化倍率を閾値としています。我々は、このような基準で選別された遺伝子群を、ヒトとマウスで逆方向に発現変化しいている遺伝子も含めて running Fisher アルゴリズムという統計手法で解析し、両者の遺伝子発現変化のパターンがどれだけ類似しているかを評価しています。つまり、我々の解析手法では、恣意的に選んだ遺伝子群を比較しているというわけではなく、一定の基準で絞り込んだ遺伝子群についてバイアスのない解析法で解析しており、本質的には網羅的な解析と変わらないものです。
ヒト疾患とマウスモデルで共通して変化しているバイオグループ
3) のヒトとマウスで共通して変化しているバイオグループは漠然としすぎていて治療薬開発の際のターゲット分子の選定には有用ではないという点ですが、これは彼らの指摘通り、我々は広い範囲の生物学的現象を示すようなバイオグループを例として提示していました (例えば、“innate immune response” や “Lymphocyte differentiation” など)。しかし実際には他にも多くのバイオグループやパスウェイがヒトとマウスで共通して変化しているというデータが得られており、それらはデータセットS1として論文に添付されています。特に治療薬開発のターゲットになりそうなバイオグループ・パスウェイを例として挙げれば “PDGFR-β signaling pathway” や “Fc γ R-mediated phagocytosis” などがあります。
重要な部分は共通している
4) ではヒトとマウスをステーションワゴンとオートバイに喩えて、最新のステーションワゴンの研究をするのにオートバイを解析しても、ハンドルやエアバッグ、サンルーフなどオートバイにはないものについては知ることができないというコメントをしています。確かにステーションワゴンとオートバイという喩えは非常に分かりやすいかもしれません。車のセールスマンとしてはおそらく最新の設備が一番重要なポイントでしょう。しかし、乗物としての機能を考えた時、タイヤやスパークプラグなどのステーションワゴンとバイクで共通しているような基本的な部品こそ重要であって、それらの部品に問題があれば最も本質的な機能(走行すること)が損なわれてしまうことになります。同じように、ヒト疾患の本質的な部分はヒトとマウスで共通している部分にあるのではないかと我々は考えています。
Shayらのレター 〜ヒトとマウスは似ている。しかしデータに問題あり。〜
もう1通はマウスを使って研究を行っている別の研究グループ (Shay ら) から発表されたものです。彼らは我々とは独立にデータの解析も行っており、その結果は我々の報告を強く支持するものでした。おおむね我々の結論には賛同してくれていますが、解析に用いたヒト疾患のデータについていくつかの問題点を指摘しました:
5) 使用されたヒト疾患のデータセットでは、患者群と健常者群で実験条件や遺伝的背景の統制といったマッチングがなされていない。また患者群においては、炎症が起こってからの経過時間や治療の影響なども考慮されていない。
6) 複数の疾患の解析において同一の健常者サンプルがコントロールとして使用されており、これによって結果に偏り (shared dominant artifact) が出ている可能性がある。
7) ヒトとマウスでは白血球の種類によって血中での存在比が異なるため(ヒトでは好中球が、マウスではリンパ球が多い)、全血サンプルの遺伝子発現を解析している今回のデータは、ヒトとマウスの比較には不向きである。
Shayらに対する返答
これら解析対象となったデータの問題点に関するコメントについてもそれぞれ回答を行いました (参考文献5)。
データマッチングの最適化
まず、5) で指摘されたサンプルのマッチングが最適化されていないという点です。確かに解析に用いられたヒトのデータはモデルマウスの妥当性を正確に評価するにあたって最適とは言えないものでした。サンプル採取の条件、データ取得の条件などのマッチングがきちんとされていれば、ヒト疾患とマウスモデルにおける遺伝子発現変化の類似性はより強く検出できたと考えられます。
偏りのあるコントロールサンプルの問題
6) で指摘された shared dominant artifact については我々も同意見です。異なる複数の疾患の患者サンプルの遺伝子発現解析において、同一の健常者サンプルがコントロールとして用いており、しかも、健常者群と患者群の間で体重やBMI (Body Mass Index)、既往歴などのマッチングはなされていませんでした。健常者群に何らかの偏りがあれば、それに起因する差が疾患群の「特徴」として誤って検出されてしまうことになります。このような「特徴」が異なる複数の疾患で共通して検出されることで、ヒトの疾患間の類似性が過大評価されている可能性があります。
ヒトとマウスで異なる細胞種の働きが遺伝子発現に反映されている?
7)では、ヒトの炎症では好中球での反応が、マウスの炎症ではリンパ球での反応が主に遺伝子発現変化に反映されている可能性を指摘しています。そこで我々は、それぞれの細胞種に特異的に発現している遺伝子について、炎症性疾患患者とマウスモデルにおける発現変化を調べてみました (注2)。その結果、好中球特異的に発現している遺伝子の多くはヒト患者でもマウスモデルでも発現が増加しており、一方で、リンパ球特異的に発現している遺伝子の多くはヒト患者でもマウスモデルでも発現が減少していることが分かりました。この結果からは、ヒトの炎症性疾患とマウスモデルの全血サンプルでの遺伝子発現変化が、それぞれ異なる細胞種の反応を反映しているとは言い切れないものでした。
まとめ
ヒトの炎症性疾患とそのマウスモデルで見られる遺伝子の発現変化については、少なくとも統計的に有意な類似性が見られます。ヒトで有意に発現変化している遺伝子のうち5.9〜15.0%がマウスでも同じ方向で有意な発現変化を示しています。この数字は、見る人によっては大きいとも小さいとも捉えられるかもしれませんが、重要なのはこの共通性が炎症性疾患の病態解明や新規治療法の開発にどのような意味を持つかです。Warren らはヒトとマウスをステーションワゴンとオートバイに喩えて、最新のステーションワゴンの研究をするのにオートバイを解析しても意味がないと指摘しました。しかし、乗物としての本質的な機能を考えれば、これらに共通して使用されている基本的な部品こそ重要であることが分かるかと思います。ヒトでの疾患を理解するための重要な鍵も、種の壁を越えて保存されている本質的な部分に潜んでいるのではないかと我々は考えています。
参考文献1
Seok J, et al. (2013) Genomic responses in mouse models poorly mimic human inflammatory diseases. Proc Natl Acad Sci USA 110(9):3507–3512.
参考文献2
Takao K and Miyakawa T (2014) Genomic responses in mouse models greatly mimic human inflammatory diseases. Proc Natl Acad Sci USA doi: 10.1073/pnas.1401965111.
参考文献3
Warren HS, et al. (2014) Mice are not men. Proc Natl Acad Sci USA, doi: 10.1073/pnas.1414857111.
参考文献4
Shay T, Lederer JA, Benoist C (2014) Genomic responses to inflammation in mouse models mimic humans: We concur, but apples to oranges comparisons won’t do. Proc Natl Acad Sci USA, doi: 10.1073/pnas.1416629111.
参考文献5
Takao K, Hagihara H and Miyakawa T, (2014) Reply to Warren et al. and Shay et al.: Commonalities across species do exist and are potentially important. Proc Natl Acad Sci USA doi: 10.1073/pnas.1417369111.
注1
藤田保健衛生大学総合医科学研究所プレスリリース
マウスはやはりヒト炎症性疾患のモデルになる
-バイオインフォマティクス的手法によるマウスモデルの再評価-
URL= http://www.fujita-hu.ac.jp/ICMS/topics/mousemodel/index.html
注2
Changes of neurotrophils specific genes and lymphocytes specific genes in human burn and mouse burn.
https://cbsn.neuroinf.jp/modules/xoonips/detail.php?item_id=29441