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研究の概要


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(1)研究プロジェクトの目的・意義及び計画の概要

 本学は、臨床医の育成と優れた臨床の実践のみならず、豊かな人間性を活かした建学理念『独創一理』を掲げ、最先端医学を追究することの重要性を強調してきた。しかし、臨床医が多忙な日常の診療の合間に最先端の基礎研究を行うことは現実的には不可能に近い。本プロジェクトでは、共同利用の「疾患遺伝子網羅的解析センター」として最新技術を集約したセンターを開設し、技術者とバイオインフォマティシャンを常駐させ、研究のプロフェッショナルの強力な推進のもと、臨床医が積極的に参加可能な基礎研究の基盤を創設する。
 研究プロジェクトはDNA、RNA、および蛋白質質量分析の3つの網羅的解析の柱からなり、代表者・倉橋が統括する。
(1)DNA:次世代シーケンサー(NGS)による網羅的解析:稀少先天異常・遺伝性疾患について、エクソーム解析を行うことで原因遺伝子の同定を行う(吉川、稲垣、佐々木)。不妊や習慣流産は頻度は高いが、原因変異が次世代に伝わりにくく、従来の全ゲノム関連解析(GWAS)が使えない。そのため両親とトリオでエクソーム解析を行って新生突然変異の同定をする(西澤、稲垣)。独自で開発した神経変性疾患のモデルマウスはエクソーム解析のユニークな対象である(別府、稲垣)。原因不明難治性疾患の新たな原因遺伝子が同定できれば、学術的価値に加え、新規診断・治療法などの画期的な成果が期待できる。また臨床検査への応用に向けて、選択的エクソームによる既知の疾患の遺伝子診断法を確立する(市原、倉橋)。
(2)RNA:異常スプライシング産物の網羅的解析による骨髄異形性症候群(MDS)の病態解明:MDSは、無効造血により産生される異常な形態を有する血球産生を原因とする難治性疾患であり、しばしば急性骨髄性白血病へ移行することが知られている。最近MDSにおいて、mRNA前駆体のスプライシングに必要な因子が高頻度に変異を起こしていることが明らかとなった。これら変異スプライシング因子の標的遺伝子を突き止め、MDSの病態、病因を解明する。本プロジェクトでは、近年開発された手法を用い、MDS細胞の変異スプライシング因子-mRNA前駆体複合体を免疫沈降によって選別し、含まれるmRNA前駆体を網羅的に解析し、変異スプライシング因子の標的遺伝子を同定するのが目的である(恵美、前田、亀山)。
(3)蛋白質質量分析:難治性疾患の多くは多因子疾患であるが、その遺伝因子の解析手法は前述の「CD-CV仮説」に基づいたGWASが主流である。一方、それで同定できる責任多型は疾患発症リスクをごくわずか変化させる程度のものばかりであり、臨床応用という観点からはその限界が指摘されている。本研究では、プロテオミクス的な手法での蛋白質の網羅的解析により、新たな視点から多因子疾患の原因究明にアプローチする。具体的には、変形性関節症の関節組織、ヒト双極性障害のモデル動物の脳などのサンプルを質量分析することで、蛋白質の量や質、翻訳後修飾の変化などを解析し、疾患の病態の本態に迫る(上田)。

(2)研究組織

 本研究プロジェクトでは、藤田保健衛生大学総合医科学研究所教授(倉橋)が代表者としてプロジェクトを統括し、臨床講座からは血液内科(恵美)、小児科(吉川)、産婦人科(西澤)、27年度からさらに腎泌尿器外科(佐々木)が参加し、医療科学部(市原)および七栗記念病院(別府)からの研究者を含め、全学を上げた研究体制を敷いた。臨床講座は患者サンプルの収集と解析結果の検討を、医療科学部は診断技術開発を、七栗記念病院はモデルマウスのゲノム解析を担当し、それぞれの研究総括を行った。総合医科学研究所(稲垣、亀山、上田)の研究者はそれぞれDNA、RNAおよびタンパク質解析のエキスパートとして研究を牽引した。常駐の技術者とバイオインフォマティシャンを指導して研究を遂行し、またその他の研究者(のべ27名)等へのサポート体制を敷いて全学の研究推進を強力にバックアップ、各研究者間との連携を促進する体制をとった。共同研究機関との連携は、横浜市大の松本教授やIRUD(未診断疾患イニシアチブ)等のゲノム医療に関する会議と密接に連携を取りながら実施した。

(3)研究施設・設備等

 医学部3号館1階(床面積202㎡)を疾患遺伝子網羅的解析センターとして改造した。DNA塩基配列解析室内に解析装置室を設置し、また大実験室から質量分析装置室及び全室への出入口にスライド扉を配置。その他設備工事としてエアコン・照明器具などを整備した。
 DNA塩基配列の解析HiSeq1500システム(イルミナ)と専用のサーバーを配備し、大規模なDNAシーケンシングの場合はこのシステムを利用した。疾患遺伝子網羅的解析センターには、本研究費で雇用した2名の専任技術者と、1名のバイオインフォマティシャンが常駐し、解析に従事した。また、HiSeq1500システムの保守管理費用は別途獲得した費用でまかなった。中規模のDNAシーケンシングの場合は共同利用施設のDNA塩基配列解析システム・イルミナMiSeqを、小規模なDNAシーケンシングの場合は分子遺伝学研究部門のDNA塩基配列解析システム・ABI3100 Genetic Analyzerを、また共同利用施設のアフィメトリクス社のCytoScan、分子遺伝学研究部門のAgilent社のマイクロアレイシステムを適宜使用した。
 また、タンパク質の解析に関しては、医学部3号館1階に設置した、質量分析装置・Bruker社 Autoflex III、質量分析装置・Thermo Fisher社 LCQ DECA XP plusを利用した。

(4)研究成果の概要

 疾患遺伝子網羅的解析センターは、大きく分けて(A)遺伝子診断、(B)研究支援、の2つの柱となるアクティビティを展開した。(A)の遺伝子診断に関しては、DNA解析グループ、(B)の研究支援に関してはDNA、RNAおよび蛋白質質量分析グループが担当した。
(A)遺伝子診断先天性疾患や遺伝性疾患が疑われる稀少疾患で、未診断の患者に関して学内、学外からの依頼検体を幅広く受け入れ、遺伝子解析を行った。研究計画は学内のヒトゲノム遺伝子解析倫理審査委員会の承認を得た。サンプル提供者には十分なインフォームドコンセントをおこない書面で同意書をいただいた上で参加して頂いた。2013年は97検体、2014年は138検体、2015年は280検体と推移し、その後2016年は374検体、そして2017年は455検体と増加する依頼を受け入れた。学内では小児科、産婦人科、腎・泌尿器外科のみならず、内分泌外科、呼吸器外科、形成外科、脳神経外科、内分泌内科、神経内科、リハビリテーション科、皮膚科など多くの臨床科からのサンプルを受け入れた。学内での遺伝子診断体制を確立し、周知してきたことで、遺伝子診断の潜在的需要の高さが改めて浮き彫りとなった。中には出生前診断や発症前診断の検体もあり、十分な遺伝カウンセリングが行われていることを確認した上で解析を行った。また他施設からの検体については、県内をはじめとして、さらに北は旭川医大、札幌医大に始まり、南は鹿児島大学まで、全国レベルで受け入れた。
 各診療科から提供された血液検体、場合によっては毛髪、爪、皮膚生検、絨毛、羊水細胞、胎盤組織あるいは保存されたへその緒などからDNAとRNAの採取を行った。エクソーム解析の必要な検体については、症例によってターゲットエクソーム解析、もしくは全エクソーム解析のどちらかを選択して実施した。患者検体単独、もしくは患者とその両親とのトリオで検体を収集した。主治医などの依頼者からの表現型情報から、場合によってはマイクロアレイ染色体検査による微細欠失重複症候群のスクリーニングを先行させた。必要に応じて染色体標本を作製してのFISH解析や株化をおこなった上での機能解析も追加でおこなった。
 エクソーム解析は、責任遺伝子が既知である疾患や症候群が疑われる場合は、イルミナ社のTruSight Oneを用いて4800遺伝子のターゲットエクソーム解析を行った。網羅的解析では、患者と両親とでアジレント社のClinical Research Exomeによる全遺伝子解析を行い、de novo変異型、もしくは劣性変異型のバリアントのスクリーニングを行い、責任変異の候補をバイオインフォマティクス的に導き出した。この過程で用いる解析プログラムが日進月歩で進化してゆくので、専門のバイオインフォマティシャンが常に最新状態を維持しながら、業界標準のGATKのパイプラインを改善していった。特に、この2年ほどの間に公開された日本人健常人のSNP頻度情報を、解析パイプラインのフィルタリングに導入したことが功を奏した。基本的に稀少疾患では、健常人にわずかに存在するSNPは優性遺伝の原因となることはほとんどなく、また頻度1%程度のものに関しても、劣性遺伝の原因としてはやや考えにくいため、除外することも可能である。これにより、絞り込みの効率が飛躍的に向上した。また、本プロジェクトで多数のエクソームデータが蓄積されたことにより、施設サンプルの頻度情報(インハウスデータ)も活用できるようになった。またこれとは別に、エクソームの蓄積データをもとに、患者のエクソームデータと比較定量することで、患者における遺伝子のコピー数異常を検出するプログラム(XHMM)を導入しパイプラインに組み込んだ。これを用いて全遺伝子領域をスクリーニングする体制を立ち上げ、変異解析とコピー数異常の検出を同時に実施した。候補変異について、サンガーシーケンシング、MLPA法、あるいはマイクロアレイ染色体解析等でバリデーションをおこない、その遺伝子のキュレーションを経て責任変異として同定できた場合は、報告書を作成し、主治医に返送する一連の流れを構築した。
 このようにして確立したパイプラインを用いながら、およそ300名を超えるエクソームデータを蓄積し、その情報をもとに責任変異を同定した。その結果、網羅的遺伝子解析において同定率45%という成績が得られた。エクソーム解析では通常30%前後と言われているため、解析体制としては十分に確立していると考えられた。また同定した症例中、およそ10%がコピー数異常が原因であったことから、コピー数異常検出は、網羅的遺伝子解析においてルーチンに実施するべき解析法であると言えた。また、エクソームデータでコピー数解析が安定して実施できることは、従来のマイクロアレイ解析の代替にエクソーム解析が利用できることを示している。多発奇形などの微細欠失等が疑われる症例においても、エクソームデータをまず取得する「エクソームファースト」の解析ストラテジーが現在の最適解であることを示している。また、劣性遺伝疾患を想定している場合、片アレルの変異のみ見つかり、もう1つの変異が見つからないような事例に時おり遭遇した。この場合、その遺伝子を候補として挙げるべきか否かの判断がつけられないが、コピー数解析のデータがあれば、その遺伝子での欠失等を否定し、候補から除外する有力な判断材料の1つとすることができる。実際に、疾患より推定される候補遺伝子群のリストを用いて先に絞り込みを行うと、原因でない劣性遺伝のヘテロ変異が偶然見つかることがあり、コピー数異常解析の情報は、頻度情報とともに、誤った遺伝子診断を防ぐ意味でも重要なステップであると考えられた。
 以上の解析体制のもとで、多くの診療科からの検体を受け入れ、結果を報告してきた。小児科領域には神経疾患、代謝疾患、奇形症候群、血液腫瘍、免疫不全症等、診療対象患児には、臨床所見からは確定診断に至らない多くの未診断患児が存在する。それら患児の診断を確定し、適切な診療を行うのがプロジェクトの目標であった。臨床現場からの検体採取、解析、現場へのフィードバックのサイクルを確立し、数例の新規遺伝子変異確定例については英文での症例報告あるいは学会発表にまとめられた(論文*18,66,82,88,99,107, 109,128,133,137、学会*39,41)。産科領域では、重篤な周産期遺伝性疾患が疑われる症例に対して、NGSによるターゲットエクソーム解析、もしくは全エクソーム解析を行い、常染色体劣性多発性嚢胞腎等をはじめとする13症例(11疾患)の原因遺伝子を同定するとともに、羊水を用いた出生前診断を実施した(論文*67)。また、2年目の平成26年度末の自己点検評価により研究組織を見直し、新たに腎泌尿器科がプロジェクトに加わり、20例の結節性硬化症患者の変異解析をおこない、これらのデータは今後学会発表を予定している(学会*159)。また外部との共同研究によって判明した遺伝子変異確定例についても論文等で発表した(論文*23,29,44,56,76,87,101,120,121,123,134,136)。
 さらに、稀少疾患とは別に、新たにエクソームベースのがんゲノム解析にも着手した。近年のがんゲノム医療の進展に伴い、プレシジョンメディシン、クリニカルシーケンスなどのキーワードが示すように、NGSを基盤とした遺伝子解析の需要が高まってきている。私たちも、少数のがんサンプルを対象に解析を実施した。すでに構築した稀少疾患向けのパイプラインを応用しながら、得られた変化のうち一般頻度の低いものについて、そのリード深などから原因となる変異を絞り込むための、がん解析用のパイプラインを新たに構築した。また同様にコピー数解析のパイプラインを元に、がんで増幅した領域を検出する系も確立した。希少疾患の遺伝子解析のノウハウが集積していたため、がんゲノム解析への対応は比較的短期間で確立することができ、その解析結果について主治医からは好評を得た。
 希少疾患の遺伝子解析については、2015年度より小児の未診断疾患イニシアチブ(IRUD-P)に東海地区の連携として参加し、2017年度よりIRUD-P、2018年度よりIRUD-P、A両者の拠点病院として選定された。本プロジェクトで確立した網羅的遺伝子解析体制をそのまま活用し、これからも発展させてゆく予定である。

 次に、NGSを用いた無侵襲出生前診断の開発研究も進めた。トリソミーの診断は商業ベースで行われているが、本研究では、次の3つを行った。
(i) 重篤な性染色体遺伝病を持つ罹患児の出生リスクがある妊娠に関しての胎児性別判定を、採血で行うことで不必要な羊水検査を減らすことができる。Y染色体のPCRが陽性であることが男児に特異的であるが、PCRが陰性の場合に女児であることを確定させるためには胎児成分の存在を証明する必要がある。日本人でヘテロ接合の頻度の高いSNPを胎児で30種類程度タイピングすることで胎児成分の存在を示すことができるが、これをNGSを用いて行う方法を開発した(特許出願中)。また、妊娠母体血中のcell free DNAを用いた無侵襲的出生前診断法として,X連鎖劣性遺伝性疾患に対する胎児性別判定法および胎児骨系統疾患であるFGFR3遺伝子異常症に対するmultiplex PCR法を確立した(論文*131)。さらに、染色体転座に起因する習慣流産に対して、受精卵を用いたNGSによる網羅的着床前診断法を確立するとともに国内検査体制を整備した。
(ii) de novo変異によるメンデル遺伝病の性腺モザイクによる再発のリスクがある妊娠に関する無侵襲出生前診断の方法を確立した。妊娠中に超音波検査で骨系統疾患が疑われた2例に関して妊婦の採血を行い、罹患児の出生後に臍帯血でde novo変異を確定し、その変異を妊娠中の母体血cell free DNAで検出できる方法を開発した(論文*132)。この方法を用いて次回妊娠で胎児の変異の有無を調べることが可能になった。
(iii) さらには、着床前診断への応用を進めた。染色体転座による習慣流産に対して、従来はday 3の割球生検サンプルに対するFISH法により不均衡転座を検出し、正常もしくは均衡型の胚のみを子宮に移植する方法が用いられてきたが、1 細胞による診断の不確実性や、異数体などの他の染色体異常の影響で成績が上がらなかった。そこでday 5の胚盤胞生検で複数細胞を採取し、全ゲノム増幅後にNGSを用いて定量する方法が開発された。私たちは、不均衡転座由来の種々の細胞株を用いて、全ゲノム増幅後のNGSによる染色体解析を確立し、提供をはじめた(論文*75)。また、微小な不均衡転座を検出する解析ツールを開発した。
 日本産婦人科学会が主導で、不妊治療不応例・習慣流産を対象として、胚盤胞生検での着床前スクリーニングの特別臨床研究を開始し、私たちのセンターは学会認定の解析機関として最も多くのサンプルの解析を実施している。また、本研究には企業に関心を持っていただき、産学連携のもと起業の準備を行い、大学発バイオベンチャーを2017年度に設立し、衛生検査所登録が完了した。

(B)研究支援NGS導入に伴い、最新の解析手法を基礎研究分野で活用する体制を敷き、多くの研究室から依頼を受け、解析を実施した。
(1)DNA解析グループ
研究代表者のグループは、従来から染色体の構造異常の発生メカニズムの解析を行ってきたが、NGSを用いて種々の染色体構造異常の切断点の解析から発生メカニズムへのアプローチをおこなっている。パリンドローム配列はゲノム参照配列のシーケンス未解読のギャップの一つであるが、私たちはNGSによるディープシーケンスにより、反復性転座に関連するパリンドローム配列のひとつを完全解読した(論文*46,95)。また現行のNGSはショートリードと呼ばれ、数100bpの断片の塩基配列を扱うため、染色体構造異常を俯瞰する目的にはやや難があった。そこで数kb単位での構造異常を検出できるメイトペアライブラリによる解析をおこなった(学会*149)。およそ9 kbのDNA断片からライブラリを作成することで、ショートリードでは追究しきれなかった複雑構造異常の切断点解析に威力を発揮した。「染色体挿入」はある染色体断片が別の染色体に挿入された構造異常だが、G分染法のレベルでは3カ所の染色体の切断でおきているようであるが、メイトペアを使ったNGSの全ゲノムシーケンスにより切断点の解析を行った結果、全例でさらに複雑な切断を伴っていることがわかった。同様に、「端部欠失、逆位重複」では逆位の切断点にパリンドローム配列が発生し、完全に解読できないギャップが発生する可能性があった。それを回避するためメイトペアライブラリで切断点を同定する方法を用いたが、その結果、切断点のパリンドローム配列は完全ではなく、数kbの欠失を伴うような切断点であることが明らかとなった。また「3-way転座」の切断点の解析をメイトペアライブラリを作製しておこなったところ、単純な3点の切断ではなく、数多くの断片を巻き込んだ切断点の再構成が起きていることが判明した。これらの成果はデータを整理し論文としてまとめている(論文*116,126,130)。
 また、さらに長いDNA配列を直接解読できる、新しい可搬型シーケンサーであるMinIONによる解析を開始した。この方式のシーケンサーでは、ライブラリ調製がいらず、DNA分子をそのまま解読し、およそ10-100kbの長鎖の塩基配列が得られる利点がある。現状ではエラーレートが高いため、塩基置換などの変異を解析するには難があるものの、染色体構造異常などの再構成された塩基配列を、PCR増幅なしに直接検出できることから、複雑構造異常の解析に威力を発揮している。このような最新技術を導入しながら、染色体構造異常の全体像を明らかにし、その発生メカニズムに迫る研究が続けられている。また、DNA解析のニーズとして、学内の臨床科の要望を受け、転座の疑われるがんの染色体構造異常解析や、新たに種々の疾患に対するマイクロバイオーム・メタゲノム解析についても着手した。
 本学で発見されたB6-wob/t mouse(Wob/t)は運動失調を示すmutation miceである。Phenotypeは、酩酊歩行、転倒、協調運動低下などで、生後10日齢で小脳プルキンエ細胞の変性・脱落が観察される。ヒトでは類似する小脳萎縮、運動失調に脊髄小脳変性症が知られている。本学で系統維持されているWob/tのホモ接合性マウスと野生型マウスを用いて、全エクソーム解析を実施し両者の差を比較し、変異同定を試みたが、表現型に合う変異は見いだされなかった。そこで次に染色体構造異常などの変化を見出すべくメイトペアライブラリを用いた全ゲノムシーケンス解析をおこない、探索したところ、ある遺伝子におよそ200 kbの欠失が見つかった。この欠失は同系統の別個体でも表現型とリンクしていた。この遺伝子は全身の臓器に発現しているため、多くのmRNAアイソフォームや臓器別の発現制御を受けている可能性がある。実際に、この欠失は脳特異的な発現アイソフォームのmRNAを壊していた。この遺伝子はヒトで、運動あるいは精神活動に関わることが示唆されており、モデルマウスの有用性が考えられた。レスキューのためのベクター作製、受精卵作出の繫殖を雌個体の繫殖を進め、その証明を進めている。
 ヒト血液凝固異常の様々な遺伝子変異を同定する過程で、本大学病院で見出された血液凝固第XI因子(FXI)欠乏症患者のゲノムを解析し、エクソン11にGln3845Ter変異をホモで見出した。この部位はセリンプロテアーゼ活性のあるL鎖にあるため、FXIのプロテアーゼ活性に影響があると考えられタ。FXI、プレカリクレインは、L鎖のN末端側に4つのアップルドメイからなるH鎖を有する。アップルドメインは高分子キニノゲンと結合して、血漿中に存在する。ハマダラカの唾液腺タンパク質(Hamadarin: Hr)には、血液凝固を阻害する活性が報告されている。我々は、デング熱などの感染症を媒介するヒトスジシマカにも類似のタンパク質(Shimakarin: Sr)が存在すると考え、そのゲノム遺伝子とcDNAの単離を行った。その結果、6つのシステインをコードするSr遺伝子を単離した。Srは2つのエクソンからなるが、遺伝子は複数存在しており、ファミリーを形成すると考えられた。今後は、長大なファミリー遺伝子を解析する手段として、長鎖シーケンス可能なMinION等を利用してそのゲノム構造を明らかにすることをめざす。
 そのほか微生物学との共同研究でロタウイルスの系統についてバイオインフォマティクス解析により示し(論文*61,68,80また脳神経外科との共同研究で、グリオーマにおけるコピー数異常領域をNGSにより同定し、予後不良因子であることを示し(論文*124)、それぞれ論文とした。

(2)RNA解析グループ
造血器悪性疾患における異常転写産物を始めとした遺伝子異常を網羅的に解析するため、白血病の臨床検体を用いて、RNA-seqによるトランスクリプトーム解析を行った。稀な染色体転座を有する症例、複雑核型の症例、初診と再発検体が揃っている症例等を中心に検体を収集し計38検体の造血器腫瘍で解析を行った。融合遺伝子に関しては40種類以上を確認し、興味深い遺伝子については機能解析を進めた(論文*69,84,85,127)。新たな遺伝子異常として、t(11;12)におけるETV6-LPXN、t(8;12;21)(q22:p12;q22)におけるTM7SF3-VPS13BおよびVPS13B-RUNX1、t(4;12)におけるETV6-CHIC2GSX2as-ETV6およびPDGFRαの高発現などを見出し報告した。また、再発時に複雑核型を呈した症例におけるRUNX1-GRIK2、12p異常を含む複雑核型におけるETV6-ABCC9、del(12)におけるETV6-IAPPなどについても解析を進めており、RUNX1-GRIK2ではG-CSFレセプターの発現を誘導しG-CSFに対する反応性増強が生じること、ETV6-ABCC9ではABCC9の異所性発現を確認した。また初診時と再発時の白血病検体でRNA-seqを行い、再発時に出現、あるいは割合が増加した遺伝子変異として、KRAS G13D(0→57%)、RAP1GAP A107T(5.3→40%)、PRAME V320M(0→32%)、PDE4DIP A127T(4→32%)を同定した。この方法は、遺伝子多型の可能性を除外することができるため非常に有効であると考えられる。
 転移性・再発性膀胱癌における標準治療はCisplatin (CDDP)基盤の多剤化学療法である。治療効果は一時的で、やがて抵抗性を獲得する。進行性膀胱癌に化学療法の恩恵が期待できる症例選択が困難であることを解決する目的で、CDDP耐性株を樹立した。RNA-seqにより発現変化する遺伝子を探索し、膀胱癌細胞株での発現及び機能解析で、抗癌剤耐性のメカニズムと抗癌剤耐性獲得のバイオマーカー確立を目指した。使用した細胞株は膀胱癌由来のRT4とT24である。それぞれ、低濃度から順次CDDPに暴露し、最終的にCDDP 1µg/mlに耐性の細胞株を樹立した。耐性細胞株と親株からそれぞれtotal RNAを抽出し、RNA-seqで遺伝子発現変化を網羅的解析した。CDDP耐性細胞では細胞接着分子に関与する因子の発現変動が顕著で、癌の浸潤・転移に関与するEMT関連遺伝子も含まれた。これらの遺伝子が膀胱癌の抗癌剤耐性に関与する因子であるか検討を行うことが課題である。
 がんや老化、神経筋疾患等で生じる骨格筋の萎縮(筋量の減少)は、疾患での生存率や社会的な生産性の低下の原因となるが、有効な治療法は未だに存在せず、新たな概念からの治療法開発が望まれている。筋分化に関わるmyogeninのノックアウトマウスの解析において、筋肉量のレギュレータであるmyostatinの発現を制御するmicroRNAを同定し(論文*27,31、学会*34)、microRNAや非コードRNAの生体内での機能について新たな展開が見られている。また、骨格筋細胞の分化を制御する新規分子としてタンパク質をコードしない長鎖非コードRNA(lncRNA)であるMyog pancRNAを同定し(論文*78)、NGSを用いたRNA-seq解析等によりその機能を明らかした。さらに我々の解析から、Myog pancRNAは神経原性の筋萎縮にも関与している事が明らかとなった。また、筋肥大・筋萎縮時に複数のlncRNAの発現変動が生じる事も明らかにしている。これらの結果から、lncRNAは骨格筋の機能や量の制御に関わる新たな因子であり、lncRNAを標的とする事で筋萎縮に対する新たな治療法の開発が可能であると考えられる。
 そのほか、遺伝子発現量の定量を目的としたRNA-seq解析について、解剖学、産婦人科学、精神科学、脳神経外科学、システム医科学の各研究室の基礎研究分野における研究支援を実施した。具体的には、RNA精製、ライブラリ作製の指導や、データ取得後のドライ解析の手法等について助言をおこなった。

(3)蛋白質質量解析グループ
 変形性関節症群とコントロール群における軟骨の網羅的プロテオミクスにて、患者群で有意に変動する複数の分子を同定し、またそれらが血液生化学データにて予測可能であることを見出し、変形性関節症の新たなバイオマーカーとしての血液検査項目の存在を示唆するデータが得られた(雑誌論文*10,115,118、学会発表*17,128)。全脳特異的なアクチビン過剰発現を起こす躁鬱病モデルマウスにおいて、網羅的プロテオミクス解析において、多数の因子を同定した。この中にmicroRNA制御に関わるSmadも含まれたため、脳内RNAの網羅的発現解析を行った結果、多数のmicroRNAの変動がみられた(図書*18,21)。これらのデータをまとめることで、躁鬱病等の新たなバイオマーカーの可能性について検討した(学会*13)。
 エクソソームは、ほぼ全ての細胞種からMultivesicular Body(MVB)を介して細胞外へ放出される小胞であり、産生細胞に由来する特定のタンパク質やmiRNAを内包し標的細胞に再び取り込まれることで新たな細胞間コミュニケーションとして働き、癌転移などの疾患を含めた様々な生命現象に関与している。しかし、特定タンパク質のエクソソームへの輸送機構は不明である。私たちは、種間で高度に保存されたユビキチン様タンパク質であるUbiquitin like protein 3 (UBL3)が、新規翻訳後修飾を担う事を発見し、 UBL3がMVBに局在化し、エクソソームとして細胞外へ放出される事を見出した(学会*150)。UBL3 KO miceからの血清エクソソームに含まれるタンパク質量が野生型マウスに比べ60%減少していた。この事から、エクソソームに含まれるタンパクの輸送はUBL3の影響を受ける事を示している。

 以上の遺伝子診断、研究支援の2つのアクティビティの他に、NGS網羅的解析をあつかった研究に関するセミナー、およびワークショップ(7回)を実施した。最終年度には、急速に需要が高まるがんゲノム解析について、学外の専門家を講師に呼び、がんのパネル検査に関する講演会を実施した。最新のがんパネル検査の現状や展望に関する多くの知見が得られ、これには多くの診療科から多数参加があり、好評を得た。

<優れた成果が上がった点>
 遺伝子診断に関しては、孤発例の全エクソームのトリオ解析にて、2例で新規責任遺伝子を同定した。1例はPDE3A変異による家族性高血圧短指症候群で、もう1例はPLK4変異による網脈絡膜症を伴う小頭症であった。いずれのケースも1例しかなかったため、遺伝子変異のみでは論文発表することができず、機能解析を行っているあいだに、欧米チームの方が先にそれぞれNat Genet誌に論文発表をおこなった。それをうけて、わたしたちも後日論文化した(論文*88,107)。また、THOC2のスプライシング変異による軽度知的障害に関しては、学会発表(学会*140)を機に国際共同研究に参加し、論文発表にこぎつけた(論文*137)。

<課題となった点>
 欧米チームに一歩及ばず先を越された大きな成果がいくつかあったが、それは、国内外の他の研究チームや診療施設との連携の不足に問題があると考えられる。AMEDのIRUD(未診断疾患イニシャティブ)が、2年遅れてわれわれと同じコンセプトで開始された。このIRUDと連携して、データや情報を共有しながら進めていく体制を構築した(愛知UDP)。また、海外との連携も必要であり、MatchMakerのような国際的な組織にも参加していく必要があり1件を登録した。また候補遺伝子に病原性ありかなしかが未確定で残されている症例については、これも、最新情報を元に定期的に解析をアップデートしていくことで確定にこぎつけることが必要である。一方で、網羅的解析による二次的所見の問題が解決していない。日本国内の他の遺伝診療機関と連携したガイドラインづくりが必要である。

<自己評価の実施結果と対応状況>
 毎年度末には研究成果発表会を行い、各研究グループに1年間の研究成果の発表をおこなった。また、3年目の年度末の研究成果発表会では、研究代表者が自己評価を行った。A、B、Cの3段階評価でA判定をつけた。その理由は、全学的取り組みとして開始した本事業であるが、医学部、医療科学部、総合医科学研究所、七栗研究所という4つの組織が組織の枠を越えて一つになって、疾患遺伝子網羅的解析センターという一つの事業に取り組んでいることを高く評価した。一方で問題点として、チーム外の他診療科の巻き込み不足があげられ、トランスレーショナルリサーチに直結する研究テーマの創意工夫が望まれた。マイクロバイオームや短鎖非コードRNAなどのバイオマーカーなどでの共同研究の試みもなされた。

<外部(第三者)評価の実施結果と対応状況>
 3年目の年度末の研究成果発表会では、学長、2名のプログラム・ディレクターを含む4名の第3者評価委員会による研究成果の評価をおこなった。A、B、Cの3段階評価を行って頂いたが、事業全体に関してはA+が2名、Aが1名、A-が1名とおおむね高い評価をして頂いた。事業終了後に疾患遺伝子網羅的解析センターを維持していくために、費用をどのような形で捻出するのかという今後の課題が明らかにされた。遺伝子診断に関しては、保険収載される遺伝子診断が増えていることから、一部は患者さんにも負担して頂くことも考慮しつつ、研究支援に関しては受益者負担のシステム作りが必要であり、対応策を検討中である。

<研究期間終了後の展望>
 (A)遺伝子診断に関しては、稀少疾患のサンプル収集をさらに継続しておこない、IRUDなどの枠組みと連携しながら、新規責任変異の同定に向けた研究を続ける。また多因子疾患は通常多数のサンプルが必要であるが、少量のサンプルで統計学的有意差が出る薬理遺伝学等の分野での研究について積極的に取り組んでゆくべきであると考える。また急速に進んでいるがんゲノム解析の分野へも踏み出し、このプロジェクトで得られた知見を積極的に応用してゆく。周産期医療関連の無侵襲出生前診断や着床前診断に関しては、新規診断法の開発を通じ、産学連携のもとバイオベンチャーを立ち上げた。この技術を産科診療の現場にさらに進んで提供していくことを目指す。一方でこのような分野は倫理的な問題を多く含んでおり、日本国内での議論はいまだ不十分な状況である。遺伝カウンセリングの充実や、遺伝カウンセラーの人材育成、また市民公開講座やサイエンスカフェのような、一般市民への情報提供や遺伝教育についても今後継続して実施する予定である。
 (B)研究支援に関しては、網羅的DNA解析によるマイクロバイオーム、RNA-seqによる発現プロファイリング、短鎖非コードRNAなどの解析から導き出されるバイオマーカーの探索について、このプロジェクトで得られたノウハウを、診療科との新たな共同研究に生かし役立ててゆくことを目指す。また、本学は平成29年度私立大学研究ブランディング事業に、本学総合医科学研究所は文科省の平成30年度の共同利用・共同研究拠点に認定された。精神神経疾患の最先端研究開発拠点大学、あるいは脳関連遺伝子機能の網羅的解析拠点として、本プロジェクトの成果を生かし積極的にオミックス解析を行うことで、脳関連遺伝子の機能や疾患の病態生理を解明してゆくことを目指す。

<研究成果の副次的効果>
 無侵襲出生前診断に関しては、重篤な性染色体遺伝病を持つ罹患児の出生リスクがある妊娠に関して、性別判定を採血で行うことで不必要な羊水検査を減らすことができる。日本人でヘテロ接合の頻度の高いSNPを複数種類タイピングすることで胎児成分の存在を示すことができるが、その技術に関しての特許申請を行い、現在出願中である。