研究課題 アロマターゼ遺伝子の発現異常に起因する加齢関連疾患に関する研究


研究概要 

 骨粗鬆症、動脈硬化症、アルツハイマー型痴呆症、乳癌等の加齢に伴ってその発症頻度が増加する疾患には明かな男女差が存在している。これは主に女性においては閉経を境として循環血中のエストロゲンの主要な供給源であった卵巣機能が停止し、末梢組織でのエストロゲン環境の急激な変化がその病因の一つとして考えられている。従って閉経期以後の女性でエストロゲン生成量が不足すると骨粗鬆症や動脈硬化症等の危険性が高まるし、逆に肥満等で脂肪組織に発現するエストロゲン合成酵素(アロマターゼ)の発現が亢進することによりエストロゲンが過剰に生成すると乳癌等の危険性が高まると考えられる。一般にエストロゲンの生成においてはアロマターゼ(エストロゲン合成酵素)が中心的な役割を担っているが、これらの加齢関連疾患における病因を考える時には、疾患組織内でのエストロゲン代謝に関与する他の多くの酵素群の動態も非常に重要な制御因子であると考えられる。そこで当研究室では、組織、細胞内でのエストロゲン代謝酵素群、アロマターゼ(AROM)、ステロイドサルファターゼ(STS)、エストロゲン硫酸転移酵素(EST)、17β-水酸化ステロイド脱水素酵素1型(HSD-I)及び2型(HSD-II)、などの発現制御・生理機能を詳細に解析し、加齢関連疾患の病因との関連を明らかにする計画である。
 当研究室では既に発生工学的手法を用いてエストロゲン産生能力を完全に消失したアロマターゼノックアウト(ArKO)マウスの作製に成功しており、そのArKOマウスの組織化学的、生化学的解析の結果、このArKOマウスでは骨代謝や脂質及び糖質代謝において極めて病的な組織像、臨床生化学的指標の異常値を明らかにした。さらに骨粗鬆症、動脈硬化症、アルツハイマー型痴呆症のモデル実験動物として、その病態の発達段階における組織化学的解析及びホルモン療法やArKOマウスへの条件誘導性のAROM遺伝子導入による組織、細胞レベルでの効果を解析、評価している。またエストロゲン関連酵素群の発現制御・生理機能を解析する手段として、関連酵素群遺伝子を培養細胞に導入したin vitro安定発現系とマウス受精卵に導入したin vivoトランスジェニックマウス系を開発している。エストロゲン関連酵素群にはエストロゲン作用を亢進させるように働くAROM、STS、HSD-I、エストロゲン作用を低下させるように働くEST、HSD-IIなどがある。これらの酵素遺伝子を強力なプロモーター制御下に単独発現及び同時発現させることにより、組織・細胞内のホルモン動態・発現制御系の変化、各種疾患の病態の変化を解析している。さらにArKOマウスへエストロゲン関連酵素群遺伝子を導入し、標的組織、細胞での効果を解析、評価している。
 次に、こうした加齢関連疾患における性腺外組織におけるAROM発現の低下や亢進が何に起因して起こっているのかを明らかにするために、AROM遺伝子の転写調節機構、多重エクソン1による組織特異的発現調節、その組織特異的選択とそのスイッチング機構、さらに加齢と共に発現異常を誘引する原因ともなる細胞特異的選択因子・調節因子についても解析を進めている。こうした解析において通常使用される培養細胞レベルでの遺伝子導入法ではなかなかin vivoの染色体状態における転写調節を反映しにくいし、また病態に関する情報が得られない。そこで発生工学的手法により種々の長さの転写調節領域を含む遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを使用してAROMの正確な組織特異的転写調節に必要な領域を同定すると同時に加齢関連疾患の病態や生化学的及び分子生物学的指標の変化を調べている。こうした発生工学的手法によるArKOマウス及びトランスジェニックマウスを使用した解析を通して加齢に伴うAROMの発現異常機構を明らかにし、こうした疾患の予防・治療の可能性を検討している。またAROMは脳の性分化にも関与していると考えられるため、ArKOマウスを使用し、性行動異常の発症機作に対する神経・内分泌行動学的解析も行い、脳の発達段階の特定の臨界期における性中枢神経核の性分化・成熟後の雌雄・性行動制御にエストロゲンが重要な役割を果たしていることを明らかにしている。さらにエストロゲンが持つ脳障害時あるいは痴呆症状進行時における神経細胞栄養因子・神経細胞保護因子的作用についても、実験的脳梗塞や神経毒、カイニン酸投与などを用いて詳細な解析も始めている。

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