ジーンマッピング
ジーンマッピングとは
一般には遺伝子の染色体上の位地を同定することである。医学研究においては疾患や様々な表現型を規定する遺伝子を同定することと同意である。稀なメンデル遺伝形式をとる疾患(原因遺伝子は一つ)については、十分な家系情報とDNAが得られれば、その原因遺伝子の同定は原理上可能で、実際に殆どのメンデル遺伝疾患遺伝子が同定されている。
ポストゲノムといわれる今後の医学研究の目標はこれらの稀な疾患から、1)より頻度が高い非メンデル形式の複雑な遺伝様式(原因遺伝子が複数存在する)を持ったーすなわち遺伝要因と環境要因が絡み合って発症する疾患遺伝子の同定、2)薬剤への反応性(効果と副作用)といった複雑な表現型を規定する遺伝子の同定へと移ってきた。
精神医学領域からみると、その対象とする疾患が殆ど複雑(な遺伝形式をとる)一般疾患(Complex Common Disease)であることからその原因遺伝子の同定、また精神症状や器質・性格といった人の脳の高次機能を規定する遺伝子の同定が研究の具体的目標として掲げられ、世界中で押し進められている。
複雑な表現型のジーンマッピングの方法
当初はメンデル形式疾患遺伝子同定の方法である連鎖解析(パラメトリック)を発展させたノンパラメトリック連鎖解析—特に罹患同胞対を用いた全ゲノム上のスクリーニングから徐々に疾患遺伝子座位を狭めていくアプローチが盛んに行われたが、残念ながら精神疾患については未だに疾患遺伝子を一つも同定できていない。これは連鎖解析の弱点である1)検出領域の広さ、2)検出力の弱さ、3)サンプル収集の困難さ等による。これらの弱点を補うものとして連鎖不平衡を利用したジーンマッピングが有力視されている。
連鎖不平衡解析
人の遺伝子が親から子へ伝達されるときに、父親と母親の染色体それぞれ一本ずつから由来する対立遺伝子(アレル)を受け取る。減数分裂時に組換えがおこるので、同じ染色体上にある遺伝子同士でも世代を重ねるたびに、アレルの組み合わせは変わっていく。この組換えは、一般には染色体上の位置が近ければ余り起こらず(連鎖)、離れていれば起こりやすい(連鎖がない)と考えられる。すなわちあるアレルに着目し、これがある表現型—たとえば分裂病であるかないかーと関連している(case-control study)とすればそのアレル自体は分裂病遺伝子でないとしても、そのアレルとともに伝達されている本当の疾患遺伝子アレルがその近傍に存在しうる(連鎖不平衡にあるという。〜連鎖と連鎖不平衡の意味の違いに注意)。この理論的背景はcommon disease common variant仮説が成立しているという条件が必要である。連鎖不平衡解析は連鎖解析の弱点である、陽性領域の広さや検出力の低さを補うが、逆説として、陽性領域が狭いので多数マーカーが必要となり従って多重比較からの偽陽性の増加、集団の構造化による偽陽性の可能性、といった問題点がある。
一塩基多型(SNPs: Single Nucleotide Polymorphisms)とハプロタイプ解析
ゲノム上のある位置について周辺の連鎖不平衡の度合いがわかっている(これを連鎖不平衡地図と呼ぶ)と、あるマーカーが標的の表現型と関連があった場合どの程度の範囲で目的の遺伝子が存在しうるか予測できる。この目的に重要なのがSNPsである。SNPsは全ゲノム上にわたり非常に高密度(250-300bp毎)に存在することから、全ゲノムに亘る連鎖不平衡地図作製に必須である。またSNPs自体が表現型を規定する遺伝子多型であり疾患遺伝子そのものでもあり得る。ただSNPsは情報量としては比較的低いため、この弱点を補うためハプロタイプ解析が行われている。ハプロタイプとは近接するアレル間でのアレルの組み合わせのことであるが、連鎖不平衡が存在するとハプロタイプにはある偏りが観測され、そのバリエーションは一つのSNPよりはるかに多い。これと連鎖不平衡地図とを考慮して、効率的にジーンマッピングを行いうる。例えば最近22番染色体での第一世代連鎖不平衡地図が作製されたが、15kb毎調べた中、全く連鎖不平衡が存在しない領域もあれば、800kbに亘って存在する領域もあった。分裂病との連鎖が指摘されている22q12では全く連鎖不平衡がない領域で、だとするとこのマーカーのかなり近傍に疾患遺伝子が存在しうる。一方同じ22番上に連鎖が示された2型糖尿病のマーカーは最も長い800kbの範囲にあり、この領域全域のどこかにあり得ると言うことになり同定はかなり困難となる。
レビュー文献
1)鎌谷直之 編:ポストゲノム時代の遺伝統計学.羊土社,2001年.
2)Risch NJ:
Searching for genetic determinants in the new millennium. Nature 405:847-856,
2000
同義語
疾患遺伝子の同定、形質マッピング
関連語
連鎖不平衡、一般疾患(Common Disease)、連鎖不平衡解析、common disease common variant仮説、ハプロタイプ解析