本センターでは、医療に寄与できる疾患モデル動物を用いた研究を行っています。
                                                         

嚢胞性腎臓疾患モデル動物を用いた研究:

(1) 嚢胞性腎臓疾患とは


嚢胞性腎臓疾患(Polycystic Kidney Disease:PKD)とは、内液を満たした多数の嚢胞が正常な腎実質に取って代わる遺伝性疾患の総称で、常染色体優性多発性嚢胞腎(Autosomal Dominant Polycystic Kidney Disease :ADPKD)と常染色体劣性多発性嚢胞腎(Autosomal Recessive Polycystic Kidney Disease:ARPKD)をさすが、広義にはネフロン癆(NPHP)、髄質嚢胞腎(MCKD)やメッケル・グルーバー症候群等も含める。
その中でもADPKDは成人で臨床症状を呈し、500人にひとり(米国)あるいは1,000-2,000人にひとり(日本)という発症率を示す。この発症率は、遺伝病として有名なダウン症(1,000人にひとり)に匹敵するほど高率である。ARPKDは新生児から幼児期に臨床症状を呈し、10,000人にひとりという発症率を示す。ADPKDとARPKDは共に、腎臓に多数の嚢胞が発生して血尿や腹部膨満感などの臨床症状を呈し、その半数が腎不全に至り、人工透析に頼らざるを得なくなるほか、肝臓にも多くの嚢胞が発生し、脳動脈瘤や高血圧等の合併症も認められる。現在、決め手となる治療方法がないため、患者には対症療法が施されるのが現状であるが、研究者や医師が、嚢胞発症機序の解明と治療方法の確立を模索しているところである。


本研究室では、嚢胞性腎臓疾患モデル動物を用いて、病態の発症機序、病態進行に関わる内在性あるいは外来性因子の存在や病気の治療に関わる研究を行っている。


(2) 嚢胞性腎臓疾患モデル動物

嚢胞性腎臓疾患モデル動物には、腎臓に多発性嚢胞が発生するという病態(表現型)が明らかで、遺伝育種学的に開発された自然発症突然変異動物と、ヒトPKD遺伝子あるいは構造上・機能上相同な遺伝子を操作した遺伝子組換え動物がある。

1)自然発症突然変異疾患モデル動物について、最近の知見を表にまとめた。その中から、いくつかのモデル動物を紹介する。

PKD animal model 

(1)Han:SPRD-Cyラット(Pkdr1遺伝子)(図1)は、クローズドコロニーのSprague-Dawleyの中に自然発症した嚢胞性腎臓疾患ラットから確立された系統である。Cyヘテロ接合体の腎臓の近位尿細管由来初期嚢胞では、基底膜の肥厚とともに細胞増殖が顕著にみられる。cAMP/B-Raf/MEK/ERKというMAPK経路の亢進(図2)は、ヒトADPKDと同じように、Han:SPRDラットの異常な細胞増殖を活性化する。

polycystic kidney disease Cy rat PKD 嚢胞腎


(2) PCKラット(Pkhd1遺伝子)の腎臓では、集合管由来嚢胞が初期に発生し、後にネフロン全域に達する(図3左)。腎上皮細胞内では、fibrocystin/polyductinは繊毛等に分布する。肝臓では、生後1日齢ですでに胆管の拡張が認められ、加齢とともに肝臓が顕著に肥大する(図3右)。膵臓にも嚢胞は発生する。寿命は1年程度である。

polycystic kidney disease PCK rat PKD 嚢胞腎


(3) DBA/2FG-pcyマウス(Nphp3遺伝子)
polycystic kidney disease pcy mouse PKD 嚢胞腎
遺伝子産物であるnephrocystin-3は、腎臓、膵臓、心臓、肝臓等に分布が認められる。腎臓では、胎生15日齢から尿細管の拡張が認められ、皮質−髄質境界部に嚢胞がみられる。生後30週齢になると、腎実質は内液を満たした嚢胞に置き換わり(図4)、腎不全に陥りながら1年弱生存する。


(4) C57B/6J-cpkマウス: ARPKDのモデル動物として最も古くから用いられてきた。病態発生初期(胎児期から新生仔期)には、近位尿細管の拡張と細胞増殖がみられるが、生後1週間以降の病態後期には、集合管由来嚢胞apoptosisがみられるとともに腎不全に陥り、3週齢で死に至る。pcyマウスとともに病態の調節遺伝子の存在も報告されている。


2)PKD遺伝子組換え動物の特徴
 ヒトPKDの責任遺伝子そのもの、あるいは、orthologな遺伝子をDNA組み換え技術により操作して開発した疾患モデル動物である。利点は、責任遺伝子そのものを操作するため、病態の初期発症機序の解析に適している。欠点は、期待した病態を示さない場合もあることである。PKD遺伝子操作動物の多くは、ホモ接合体では致死的である。一方、テロ接合体ではPKDの進行が極端に緩慢である。唯一、Pkd2遺伝子の不安定なWS25変異によりPKDを発症するヘテロ接合体マウスでは、ヒトの病態に近い多発性嚢胞を腎臓や肝臓に発症するので、病気の治療実験にも用いられている。現在では、コンディショナルノックアウト技術等を用いた開発が進められているので、今後に期待したい。

今現在では、遺伝性自然発症突然変異動物とヒトPKD遺伝子組換え動物の特徴を生かして、PKDの研究を行うことが現実的である


3)嚢胞腎の悪化を抑えるためには、

細胞内cAMPが嚢胞腎の上皮細胞で増えない状態にすれば、嚢胞の悪化を防げないか?と考えた。そこで、細胞内cAMPを増加させる内在性バソプレシンを減少させるために、積極的に水を飲むと、嚢胞腎の悪化を抑制できないか、疾患モデルラットであるPCKを用いて検証した。

水を積極的に飲むとcAMP/B-Raf/MEK/ERKの異常な細胞増殖伝達系を抑制し、嚢胞腎の悪化を抑制することを明らかにした。
但し、患者様が「積極的に水を飲むこと」を実践する際には、腎機能に少しでも懸念がある場合は行わない、または専門医に必ず相談する、水分摂取量が制限されている場合は、絶対に行わない、「むくみ」が出たら、直ちに中止して専門医に相談する等の注意が必要です。


 以下に2006年までの疾患モデル動物を用いた解析を列記した。

polycystic kidney disease PKD

 

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長尾枝澄香(旧姓長尾静子)、西井一宏、吉原大輔、大野亜由美