本センターでは、医療に寄与できる疾患モデル動物を用いた研究を行っています。

嚢胞性腎臓疾患モデル動物を用いた研究:
(1)  嚢胞性腎疾患(嚢胞腎)とは
   多発性嚢胞腎症(Polycystic Kidney Disease、以下PKD)は、常染色体優性多発性嚢胞腎症(Autosomal Dominant PKD、以下ADPKD)と常染色体劣性多発性嚢胞腎症(Autosomal Recessive PKD、以下ARPKD)に大別される遺伝性疾患であり、腎臓(100%)や肝臓(男性60〜70%、女性80%)をはじめとし、膵臓、脾臓、子宮、睾丸、精嚢に嚢胞が発現し、異常な細胞増殖、炎症、線維化および嚢胞内液の蓄積が認められる。ADPKDは比較的緩慢に進行し、40歳になるまで顕著な臨床症状が見られないケースがある反面、全患者の約半数が70歳までに末期腎不全に陥ると推定されている。ADPKDの発症率は、欧米では人口500人〜1,000人に1人と報告されており、成人における最も頻度の高い遺伝性腎疾患である。一方、ARPKDは胎生期に発現後、主に新生児期から幼児期にかけて臨床症状が認められ、発症率は10,000〜40,000人に1人と考えられている。
    現在、決め手となる治療方法がないため、患者には対症療法が施されるのが現状であるが、研究者や医師が、嚢胞発症機序の解明と治療方法の確立を模索しているところである。
   本研究室では、嚢胞性腎臓疾患モデル動物を用いて、病態の発症機序、病態進行に関わる内在性あるいは外来性因子の存在や病気の治療に関わる研究を行っている。
(2) 嚢胞性腎臓疾患モデル動物
   嚢胞性腎臓疾患モデル動物には、腎臓に多発性嚢胞が発生するという病態(表現型)が明らかで、遺伝育種学的に開発された自然発症突然変異動物と、ヒトPKD遺伝子あるいは構造上・機能上相同な遺伝子を操作した遺伝子組換え動物がある。
   
1)自然発症突然変異疾患モデル動物について、最近の知見を表にまとめた。その中から、いくつかのモデル動物を紹介する。
PKD animal model 
(1)  Han:SPRD-Cyラット(Pkdr1遺伝子)(図1)は、クローズドコロニーのSprague-Dawleyの中に自然発症した嚢胞性腎臓疾患ラットから確立された系統である。Cyヘテロ接合体の腎臓の近位尿細管由来初期嚢胞では、基底膜の肥厚とともに細胞増殖が顕著にみられる。cAMP/B-Raf/MEK/ERKというMAPK経路の亢進(図2)は、ヒトADPKDと同じように、Han:SPRDラットの異常な細胞増殖を活性化する。
 polycystic kidney disease Cy rat PKD 嚢胞腎

 (2)  PCKラット(Pkhd1遺伝子)の腎臓では、集合管由来嚢胞が初期に発生し、後にネフロン全域に達する(図3左)。腎上皮細胞内では、fibrocystin/polyductinは繊毛等に分布する。肝臓では、生後1日齢ですでに胆管の拡張が認められ、加齢とともに肝臓が顕著に肥大する(図3右)。膵臓にも嚢胞は発生する。寿命は1年程度である。 
 polycystic kidney disease PCK rat PKD 嚢胞腎

(3)  DBA/2FG-pcyマウス(Nphp3遺伝子)では、遺伝子産物であるnephrocystin-3は、腎臓、膵臓、心臓、肝臓等に分布が認められる。腎臓では、胎生15日齢から尿細管の拡張が認められ、皮質−髄質境界部に嚢胞がみられる。生後30週齢になると、腎実質は内液を満たした嚢胞に置き換わり(図4)、腎不全に陥りながら1年弱生存する。
 polycystic kidney disease pcy mouse PKD 嚢胞腎

(4) C57B/6J-cpkマウスは、 ARPKDのモデル動物として最も古くから用いられてきた。病態発生初期(胎児期から新生仔期)には、近位尿細管の拡張と細胞増殖がみられるが、生後1週間以降の病態後期には、集合管由来嚢胞がみられるとともに腎不全に陥り、3週齢で死に至る。pcyマウスとともに病態の調節遺伝子の存在も報告されている。

2)PKD遺伝子組換え動物の特徴
ヒトPKDの責任遺伝子そのもの、あるいは、orthologな遺伝子をDNA組み換え技術により操作して開発した疾患モデル動物である。利点は、責任遺伝子そのものを操作するため、病態の初期発症機序の解析に適している。欠点は、期待した病態を示さない場合もあることである。PKD遺伝子操作動物の多くは、ホモ接合体では致死的である。一方、テロ接合体ではPKDの進行が極端に緩慢である。唯一、Pkd2遺伝子の不安定なWS25変異によりPKDを発症するヘテロ接合体マウスでは、ヒトの病態に近い多発性嚢胞を腎臓や肝臓に発症するので、病気の治療実験にも用いられている。現在では、コンディショナルノックアウト技術等を用いた開発が進められているので、今後に期待したい。
今現在では、遺伝性自然発症突然変異動物とヒトPKD遺伝子組換え動物の特徴を生かして、PKDの研究を行うことが現実的である。

3)嚢胞腎の悪化を抑えるためには、
細胞内cAMPが嚢胞腎の上皮細胞で増えない状態にすれば、嚢胞の悪化を防げないか?と考えた。そこで、細胞内cAMPを増加させる内在性バソプレシンを減少させるために、積極的に水を飲むと、嚢胞腎の悪化を抑制できないか、疾患モデルラットであるPCKを用いて検証した。水を積極的に飲むとcAMP/B-Raf/MEK/ERKの異常な細胞増殖伝達系を抑制し、嚢胞腎の悪化を抑制することを明らかにした。但し、患者様が「積極的に水を飲むこと」を実践する際には、腎機能に少しでも懸念がある場合は行わない、または専門医に必ず相談する、水分摂取量が制限されている場合は、絶対に行わない、「むくみ」が出たら、直ちに中止して専門医に相談する等の注意が必要です。


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長尾枝澄香(旧名 静子)、森田美和、釘田雅則、吉原大輔、西井一宏、山口太美雄
Shizuko NAGAO, Miwa MOrita, Masahiro Kugita, Daisuke Yoshihara, Kazuhiro Nishi, Tamio Yamaguchi,
                                             

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